山神様にお願い
それは夜の10時、彼らも結構酔っ払った状態で、ゲラゲラと大きな声で爆笑していた時だった。
通りがかりのツルさんに、兄ちゃんの一人が彼女のTシャツの袖を掴んで言ったのだ。
「彼女ー、今日ここの勘定、ツケにしといてねー」
彼らのせいですでに他のお客さんが1組しか残っていない状態だった店の中が、静まった。
龍さんが顔を上げた。ウマ君も、私も。
ツルさんは、シャツの裾を持たれたままで、にっこりと笑顔を作って言った。
「すみません、うちはそういうの、やってないんですよー」
彼らの、他の3人が話すのを止めた。ツルさんを掴んでいる男がへらっと笑う。
「え、マジで言ってんの?ちょっとお姉さん、俺らトラさんの友達だよ~、わざわざ飲みにきてやったのに、ツケきかないってことないっしょー?」
ツルさんが口を開きかけたとき、カウンターから龍さんが言った。
「すみません、お客さん、たとえ従業員の身内であっても、会計はその日の内にお願いしてますんで」
言い方は柔らかかったけど、目が笑ってなかった。
「あ?」
男がツルさんから手を離して、体ごとカウンターを向いた。ツルさんはその拍子にパッと離れる。
「お前に聞いてねえだろうがよ、コラ、邪魔すんじゃねえよ、ああ?」
ガタンと音を立てて彼らが立ち上がる。