山神様にお願い
福沢諭吉さんが印刷された2枚のお札はヒラヒラと揺れて、店中の皆の視線を一身に集め、一日の終わりかけで汚れた床に落ちた。
「・・・てめえ」
龍さんが呟くのと、ツルさんが屈んでお札を拾い上げるのが同時だった。力の入った龍さんの腕を、ウマ君が掴んでいる。
「お会計させて頂きますね、しばらくお待ち下さい」
笑顔をなくしたツルさんが淡々と言う。
レジを打つ音とキャッシャーをあける音、それが静かになった店の中に響いていた。
残っていたカップルも私も、少しばかり緊張をとく。
・・・ああ、良かった、何とか終りそう・・・そう思っていた。
淡々と対応するツルさんに、龍さんも少し頭を冷やしたようだった。彼の腕から力が抜けるのが判った。
ツルさんがお釣りをもってくるまで、彼らはジロジロと龍さんを睨む。だけど、それ以上は何も言わずにお釣りがくるのを待っていた。
「お待たせしました」
ツルさんがお釣りを渡し、店の出口へ誘導しようと歩きだす。
その時、先頭の男がにやけた口調でツルさんに言ったのだ。
「おお、彼女ー、ありがとうございました、がねーんじゃねえの?」
再び一瞬で空気が凍ったのが判った。だけど、その凍った空気が割れるのも、早かった。