山神様にお願い
そんなこんなで結局一度も彼と会話をしないまま、店長が実家へ戻って1週間が経った。始め1週間くらいかな~って本人が言っていたこともあり、店ではヤレヤレ、という雰囲気が漂っている。
「たかだか5日の営業日が、やたらと緊張したぜ~。やっぱり俺、店長には向いてないわ。責任とかかかるとてーんで、ダメ」
そう言って龍さんが笑い、ツルさんにエルボをくらっていた。笑い事じゃないでしょ、って。
まだ連絡はなかったけど、すぐに帰ってくるものだと思っていたのだ、皆。私も肩の力を抜いて、さあ、またあのハチャメチャな日々が戻ってくるんだな、なんて思っていた。
あの色白の善人面したいじめっ子が、私の毎日にも戻ってくるって。
するとその日の開店直前、店に電話があった。
「はーい、酒処山神~」
龍さんが実に面倒臭そうに壁に備え付けられている電話を取る。そして、2,3言話した辺りで怪訝な顔をして頭を傾けた。
「え?すみません、どちら様って仰いました?」
この日はオープンからツルさんと私と龍さんの3人で、夜8時からウマ君も入る予定の日だった。
宴会の予約が入っていて、私とツルさんはその準備をしながら電話で話す龍さんをチラリと伺う。
何だか、普通の電話じゃないみたい・・・。もしかして、宴会のキャンセルとか?それだったら困るな~。仕入れしちゃってるしねえ~。そう思った。背が高い龍さんは電話器が備え付けられている柱に体を寄りかからせて、肩で受話器を押さえながら難しい顔をして聞いている。