山神様にお願い


 小学生の頃、夕波家は離婚したらしい。両親はその前から不仲で、それまでは専業主婦だったお母さんを、子供ながらに慰めていた。だけど別れることになって、父親は出て行ったらしい。

 まだ幼い店長への影響を考えて、お母さんはお父さんの姓を名乗ったままでほとんど何も変えなかったと。違ったのは、家に父親がいないってだけ、そんな状態だったらしい。

 離婚をした後、母親は社会に復帰した。慣れない営業職で懸命に働きだして、その大変さは見ているだけの彼にも判ったって。彼は小学生ながらに母親の手助けをしようと、家事にも勤しむ子供だった。

 今から考えても、よくやったと思うよ。店長は過去の自分を振り返ってそう評価した。

 だけど、やっぱり寂しい気持ちがあったって。この世に一人きりで放り出されたような、震えるような寂しさが襲ってくるときがあった。仕事に打ち込む母親は夜も遅いことが多かった。そんな時、彼は近所の山に一人でこもっては誰にもバレないようにと泣いた。

 母親は家で寝ていると思っていたはずだって。夜に仕事が入った日は、一度夕食を作りに戻って来て、彼をお風呂にいれ、それからまた職場へ戻る、そんな母親を玄関で見送る日々。母親が会社に戻ってから、彼は家を抜け出して山へと行った。もしくは休日出勤の母親が出て行った後に。何度も何度もそうしている間に、気持ちの整理はついてきたらしい。

 緑は彼に優しかった。太陽が出ている内には日陰にもなってくれ、水をくれ、爽やかな風や酸素をくれた。夜中に山に登って一人で座っていたこともあったとか。

 何度か沢に落ちかけたり動物に鉢合わせしたりで危ない目にもあったそうだけど、やっぱり山に行くのは変わらなかったって。


 私は聞きながら、思わず口元を手で押さえていた。


 寂しかった、という言葉では説明出来ないような、何かの大きな感情をみてしまった気がしたのだ。


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