山神様にお願い
黒いダウンコートを着た夕波店長が、いつもの笑顔でそこに立っていた。片手をひらりと上げて阪上君に返礼する。
「やあ、こんにちは」
「・・・店長」
私の声は聞こえなかったのか、視線を寄越しもしないで店長は阪上君に言う。
「この前で、判って貰えたのだって思ってたけど、違ったのかな~」
「いえ、ちゃんと判りましたよ。僕はもうセンセーに近づきません」
「それは上々」
「ただし」
「ただし?」
私なんてそこにいないかのように、二人はニコニコと会話をしている。私はまだパニくったままで、なすすべもなく二人の会話を聞いていた。
「・・・あなたがしたことを、センセーには伝えるべきだって思ったんです。だってフェアじゃないでしょ?僕は怖い思いをしたのに、あなたはセンセーと楽しくイチャイチャしているなんて」
ふむ、と店長が呟いた。笑顔を消して、考えるような顔をしている。
「・・・つまり、君特有の嫌がらせの一種なんだな。シカは真面目で潔癖だ。彼女に俺のしたことを知らせることで、ガッカリさせようっていう」
「そうそう、それです」
阪上君はまだニコニコと笑っている。身長やガタイの問題で店長には迫力がはるかに及ばなかったけど、高校生とは思えない存在感を発していた。
「やっぱりセンセーはショックを受けましたよ。あなたが僕を脅迫に来たって知ったから」