山神様にお願い
笑顔の消えた阪上君を見下ろして、店長は優しげに微笑む。
「本当に惚れた女が出来たら、君にも判る。―――――――さて、シカ、行くよ~」
私はまだ呆然としていて、店長のその呼び声に応えられなかった。
体をすでに回転させた状態で、店長が首を傾げる。
「シカ?」
「―――――――あ、は、はいっ!」
やっと覚醒して足を動かす。店長が手を差し伸べてくれる。私はまだ混乱した頭のままでその手を握る。
振り返らなかった。繋いだ手が暖かかった。前だけを見た。まだ当惑していた。だけど、この手を信用すると一度決めたのだから、そう思った。
私は店長を信じるって、彼が不在の時に思ったんだから。
温かくて大きい、この手を―――――――――
「じゃあな~。君も幸せになるように、神様にお祈りしておくよ~」
店長が半身だけ捻って、後ろに立つ坂上君にそう言った。
私は前をみて歩いた。そのままで、スーパーの中まで。
阪上君、ごめんね。
胸中でそう呟いた。
でも、私には君と対等な話すら出来なかったもの。これで、さよならだねって。
最後の顔は見えなかった。
だけどすぐに、阪上君が心から笑える日が来ますように、そうお祈りはした。
いつかあの綺麗な顔に、笑顔を浮かべてくれますように――――――――――