山神様にお願い


 冷えた鉄の門をそっと握り締めた。

 手の先から冷えが伝わって、それはまもなく私の全身にまわる。

 違うんだ、そう思った。

 夕波店長の、彼のせいにしているけど、これは紛れもなく私の中の、私だけの恐怖。

 新しい世界に入る私が、忙しさに逃げていつかあの人を忘れるんじゃないかって、思ってた。この恋をくれたあの人を。勝手にそう思って、わけが判らずに怖がっていたんだ。

 本当に怖がっていたのはこれだ。新しい世界に入っていく私を、あの人は興味を失っていくんじゃないかって、それを怖がっているんだ。

 だけど、冷えた私の手を包んでくれたのは店長だった。

 両手で持って温かい息を吹きかけてくれるのは彼だった。

 いつも真っ直ぐ言葉をくれるのに。ああ、どうして勝手に恐れたりしたんだろうか。

 だってだって、余りにも真剣で深い付き合いがいきなり目の前に開けて・・・だから私は失くすのを恐れてしまったのだろう。

 いつか、なくなるかも。そう思うと怖いから、今なくしちゃえば、そうチラリとでも思ってしまったのかも。環境が変わることを恐れてしまっていたんだ。

「・・・私って、バカ~・・・・」

 憮然とした声は、静かな町へ消えていく。

 悩んでいる間、あの人とコンタクトを取っていない、そう、いきなり気付いた。

 ケータイ電話は家に置いて来た。

 家の中の、旅行鞄の中に。


< 343 / 431 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop