山神様にお願い
冷えた鉄の門をそっと握り締めた。
手の先から冷えが伝わって、それはまもなく私の全身にまわる。
違うんだ、そう思った。
夕波店長の、彼のせいにしているけど、これは紛れもなく私の中の、私だけの恐怖。
新しい世界に入る私が、忙しさに逃げていつかあの人を忘れるんじゃないかって、思ってた。この恋をくれたあの人を。勝手にそう思って、わけが判らずに怖がっていたんだ。
本当に怖がっていたのはこれだ。新しい世界に入っていく私を、あの人は興味を失っていくんじゃないかって、それを怖がっているんだ。
だけど、冷えた私の手を包んでくれたのは店長だった。
両手で持って温かい息を吹きかけてくれるのは彼だった。
いつも真っ直ぐ言葉をくれるのに。ああ、どうして勝手に恐れたりしたんだろうか。
だってだって、余りにも真剣で深い付き合いがいきなり目の前に開けて・・・だから私は失くすのを恐れてしまったのだろう。
いつか、なくなるかも。そう思うと怖いから、今なくしちゃえば、そうチラリとでも思ってしまったのかも。環境が変わることを恐れてしまっていたんだ。
「・・・私って、バカ~・・・・」
憮然とした声は、静かな町へ消えていく。
悩んでいる間、あの人とコンタクトを取っていない、そう、いきなり気付いた。
ケータイ電話は家に置いて来た。
家の中の、旅行鞄の中に。