山神様にお願い


 すれ違う学生や職員が、何事かとチラチラみているのが判った。ああ、恥かしい~!

 私は上半身を起こして、やってくる生徒に向き直った。

「阪上くん!いきなり抱きつくなんて、何考えてるの!」

 彼は嬉しそうにニッコリと笑う。

「え、だって、やっと見つけたからさー。愛の抱擁を・・・」

「そんなこと自分の彼女にしなさいよ~!!」

 行為も場所もその単語も問題よ~!!もう、どう言ったらこの怒りが伝わるのだ!私はその細っこい腕に噛み付きたい勢いで叫ぶ。しかし、私の怒りは伝わるどころか、どうみても彼は喜んでいた。

「あははは、センセー真っ赤だよ、可愛い~なぁ!でも、ちょっと落ち着いて」

 落ち着けないのはあんたのせいでしょうがよっ!!
 
 憎たらしいことに、相手はケラケラと笑っている。この暑さは気温のせいだけではない。もしかしたら本当に脳みそが沸騰しているのかもしれない。

「ち、痴漢で警察に突き出すわよ、もう!」

 私が言えば言うほど嬉しそうな顔をして、彼は微笑んだ。風の強い日で、大階段の前はびゅうびゅうと吹き通っていく。阪上君の細くてサラサラの髪が揺れては跳ねている。

「・・・センセーの、そのつれないところも好きなんだよ、僕は」

「め、迷惑だからね!本当にやめて頂戴!」

 綺麗な顔に笑顔を浮かべる少年の周りに、その母親の姿が見えない。お母様~!?どこにいらっしゃるのですかあああああ~!?悪魔が放し飼い状態ですけどおおお~っ!!


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