山神様にお願い
店長がまく霧が、部屋の中を漂っている気がした。その細かい水の玉をつい目で探してしまう。
結局、魂が抜けている理由を言ってない、と階段を降りかけて気付いた。
「――――――――あの」
振り向いて声を出すと、こっちを見ないで葉っぱを触っている店長がうん?と言った。
一気に話した。自分では、感情を込めなかったつもりで。
「彼氏と別れたんです、今日の午後。それでぼーっとしてました。これからはしっかりします、すみませんでした」
視界の端に、店長が振り返ったのが見えた。だけど私は階段を降りていく。口に出していうと、ちょっとスッキリしたかも、そう思っていた。
その夜、それからは私は本当に頑張った。初めてこの店に仕事に入った時のように、緊張して気を配った。
暇だからと言って、店長も龍さんもかなり頻繁に森に上がっていた。私はツルさんと他愛のない話をして過ごす。
いつもの常連客が店を出たのはかなり早い時間。結局、最後までいたけど店は11時半で閉店になったんだった。
私は帰り道、ぶらぶらと人気のない商店街を歩きながら、今日の午後の小泉君を思い出す。
あんな顔をして、私を見るなんて、思ってなかった。
明るい彼の、あんな苦しそうな顔を。
赤い目で、鼻には皺がよっていた。・・・見たくなかったな。彼のあんな顔は。
やっぱり、最後は笑顔が見たかったな・・・。