トイレキッス
唐突にざわめき声が流れると同時に、テレビ画面に体育館の舞台が映った。
画面下のほうに、観客らしき頭の影がちらちら見える。
体育館の電灯が消されて、画面は真っ暗になった。
ざわめき声が、静まってゆく。
芝居が始まるのだ。
舞台の中心に、照明が当てられた。
そこには、学生服を着た仁さんが立っていた。
ゆっくりと顔をあげて、仁さんは落ち着いた口調でつぶやいた。
「好きなひとができた」
その表情は純朴な少年といった感じで、普段の部員達をどなりちらしている仁さんとは、まるで別人だった。
はにかみながら、仁さんはつづけた。
「今年の春、ぼくは高校生になった。青春への期待と不安で、胸が高鳴っている。あれは、四月の中頃のことだった。登校中に、川沿いの道を歩いていると、橋の上にひとりの女性が立っているのを見つけた」
仁さんは遠くを見るような目つきになった。まるで視線の先に、その女性が本当にいるかのようだった。
「きれいなひとだった」
ため息まじりにつぶやく。
「年齢は、たぶん二十歳くらいだ。腰までのびた長い髪、切れ長の瞳、すらりとした鼻に、小さな唇。ぼくは思わず足を止めて、しばらくの間見とれていた。次の日の朝も、そのまた次の日の朝も、その女性は橋の上に立っていた。彼女を見るたびに、ぼくの体は燃えるように熱くなった」
仁さんは身ぶり手ぶりをくわえながら、見知らぬ女性に恋をする女性を演じていった。
芝居が展開するにつれて、洋平は画面に映る人間が仁さんであることを忘れていった。
そして仁さんが演じる少年に同情して、胸がしめつけられるような思いを味わった。
やがて少年が勇気を出して女性に話しかけるシーンになると、思わず身をのりだしてしまった。