トイレキッス


十二月二十五日。クリスマスの昼。


本番の日がやってきた。


幼稚園の講堂の舞台裏で、部員達は待機していた。
衣装を着たミツキは、落ちつきなく歩きまわっていた。手に持った台本を何度も読みかえしては、目をつぶって台詞をつぶやいている。
現在、午後三時半。
本番まで、あと三十分だ。


いま舞台では、幼稚園の先生が手品を披露している最中である。洋平は、舞台袖から講堂内をそっとのぞいた。たくさんの園児達が、床にならんで座っている。ほとんどの子供が、先生の手品には目をくれずに、好き勝手に騒いでいた。舞台の上に立つ女の先生は、その様子を見て、さみしそうな表情をしている。


幼児を楽しませるのは難しい。


仁さんの言葉を思いだして、洋平は不安になってきた。


もし、芝居がはじまっても、園児達が騒ぐのをやめなかったら。


その光景を想像すると、背中にいやなものが走った。


まわりを見ると、他の部員達も不安そうな顔をしていた。平然としているのは、仁さんと三田村だけだ。仁さんは、壁際に座って静かに天井を見つめていた。三田村は、床に寝転がってだらしなく眠っている。ふたりともすでにサンタクロースの衣装を身につけていた。


外へ通じるドアから、藤沢が入ってきた。開かれたドアから、冷たい風が吹きこんでくる。


「みんな、緊張してるみたいやね。大丈夫よ。みんなの演技は完璧やけん。わたしが保証する」


部員達を見渡しながら、藤沢はやさしく笑った。しかし、ミツキのほうにだけは、顔を向けなかった。あの日以来、ミツキと藤沢の関係はどこかぎこちない。


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