トイレキッス
ミツキはまだサンタクロース達の前を無言で往復していた。
さっきから芝居が展開していない。
目があうと、ミツキは一瞬泣きそうな顔になった。
サンタクロース役の部員達も、困った表情で互いに目配せしあっている。
このままでは、芝居がくずれてしまう。
「いま、どのシーンでしたっけ?」
洋平がたずねると、淵上が開いた台本をさしだした。それを受取り、開かれたページを素早く読むと、洋平はとっさにある方法を思いついた。しかしそれは、かなり運にまかせた、無茶な手段であった。
「いちかばちかやけど」
舞台裏に置いてあった、自分の荷物から、あるものを取り出して、舞台袖にあがった。
淵上は、洋平が持ってきたそれを見て、眉間にしわをよせた。
「巻き尺?」
「はい」
「そんなもの、どうするん?」
「ほんまにいちかばちかなんですけど」
洋平は小声でミツキを呼んだ。そしてこちらを向いたミツキにむかって、巻き尺で寸法を計るふりをしてみせた。
最初ミツキはいぶかしげな顔をしたが、すぐに光るような笑みをうかべて声をあげた。
「あなたも偽者ね。だって普通のサンタさんは白い袋を持っているものよ。それなのに、あなたが背負っているものは何?泥棒さんがよく使うような風呂敷じゃない」
台詞を思い出したのだ。
舞台袖に集まった部員達は全員胸をなでおろした。洋平もため息をついて、舞台裏にもどった。
そのあとは何の問題もなく芝居が進み、「十人のサンタクロース」は無事に終了した。