ONLOOKER Ⅴ


へえ大変ですね、と直姫が呟くと、「直姫だって他人事じゃないかもよ、気を付けとかないと」と聖は言った。

確かに、それもそうだ。
悠綺高校に特待入学した元政治家の息子が実は娘です、なんて、いくらなんでも洒落にならない。

細めた目を件の記者へ向けると、彼は料理を眺めながら、少しずつ距離を縮めてきていた。

明らかに、准乃介と紅が話している背後へ近付こうとしている。
会話の内容を拾って、人気モデルと名家令嬢の密談、なんて見出しの記事でも書くつもりだろうか。

聖が一歩踏み出したのと、准乃介が振り向いたのは、ほとんど同時だった。


「いい加減にしてもらえませんか?」


紅も全く気付いていなかったのかと思いきや、少しも驚かずにスーツの男を睨み付ける。
彼はへらりと笑って言った。


「や、やだなあ……たまたま映画祭の取材で来てただけですよ」
「だったらこちらへは近付かないでください、僕らへの取材は学校を通すことになってるでしょ」
「はいはい、すいませんねえ」


准乃介が邪険に扱うのは、まだわかる。

直姫も最近気付いたのだが、彼は柔らかな印象とは裏腹に、驚くほど排他的だ。
自分で懐に招いた者以外へ目が笑うことは、全くない。

だが、紅までがそんなに固い表情を見せることは、少し意外だった。
彼女は准乃介とは正反対で、気を許した者以外に怒ったり負の感情を見せることのない人間だと思っていた。


「あの記者、一年前に一度だけ、大スクープ掴んだことがあるんだよ」


聖が小さな声で言った。
直姫がそばにある顔を見上げると、彼は困ったように下げた眉尻で、直姫を見返す。

記者は、紅の鋭い目にも怯まずに、にへらと下品な笑いを浮かべていた。


「相変わらず、仲がよろしいんですねえ。お嬢様と」


そう言った瞬間、ぴくりと動いた紅の肩を、准乃介が軽く叩いた。

関わらないで、行こう、という無言の合図に、紅が従う。
目を逸らすまでずっと、草臥れたスーツの男を睨み付けたままだった。

さっきまでよりも、ずっと険しい目付きで。

どういうことですか、と、視線だけで聖に尋ねる。


「二年の時に、二人、あいつに撮られた写真で週刊誌に載っちゃったんだ」
「……前に、榑松さんが言ってた」
「そう、紅先輩は一般人なのに、家のことまで書かれて」


悠綺高校に通う高校生の娘がいる剣道家元なんて、日本にそういくつもあるわけがない。

人気急上昇中でテレビにも出始めたモデルと、名家の娘の相瀬。
実際にはただ町中でばったり会って立ち話をした程度のことらしいが、それがそんなふうに報じられてしまったらしいのだ。

しかも直姫が榑松から聞いた話では、その記事の見出しというのが。


「……『身分違いの恋』、ですっけ」
「……そういうのってさ。どっちか片方が気にし出しちゃうと、ね、」


聖は、その後に言葉を続けなかった。


(つづく)
20130703
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