ONLOOKER Ⅴ


夏生の迎えを待っているしかないとわかれば、途端に時間を持て余してしまって、二人は改めてぐるりと店内を眺める。
そして視線は自然と、店の一番奥、二人の着いた席のそばにあった、小さなステージへと向いた。

ステージといっても、十センチほど高くなった部分が、直径三メートルほどの半円状にあるのみである。
その上にはグランドピアノが、柔らかいオレンジ色の光をぼんやりと照らし返していた。

ずいぶん古いものなのだろう。
角は丸くなり、剥げて塗装し直した跡が何箇所もある。

椅子は革を張り替えたばかりなのか座面だけ真新しく、アンバランスに生き生きとしていた。


「ピアノかー……俺挫折したんだよね」
「ひじぃピアノやってたの? ……みんなやめちゃってるのねえ。直ちゃんも過去形だったし……あと、准先輩も」
「うちは兄貴が器用で上手だったから、一緒にやらされただけで……准乃介先輩はプロ並みって聞いたけど、絶対弾いてくれないんだよね」
「そーにゃのよ、紅ちゃんは聴いたことあるらしーのに」
「えー、ずるーい」


そう言って、ストローをくわえる。

生徒会室に繋がった隣、休憩室と呼んでいる部屋には、ここにあるものよりも幾分新しいピアノが当たり前のように鎮座している。
誰がいつ置いたものなのか定かではないが、恋宵が時々気紛れに弾いたりしていた。

それを准乃介が弾いていることがごくごく稀にある、という噂だけが、まことしやかに存在するのだ。
実際に彼の演奏を聴いたことがあるのは、紅だけらしい。

准乃介に頼んでも笑顔で躱されるだけだし、紅に感想を聞いてもはぐらかされるのだ。


「二人だけの秘密ってか。あやしー」
「夏生もピアノとバイオリンはやってたはずにゃのに、弾いてって言ってもめんどくさがって嫌がるじゃにゃい」
「あー、実は下手なんじゃん?」
「そうだったらオモシロすぎるにゃ」


ステージの隅に置かれた古ぼけた道具たちや、奥の壁に貼ってある写真なんかをぼんやりと見ながら、なんでもない言葉を交わす。
中身も根拠もない話だ。

と、不意に、聖が「あれ?」と声を上げた。



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