妖花










 *



「せっかく妖花が花開いていたのに」


 段田は妖花屋に赴いた菊之助を、さっそく追い返さんばかりの顔つきで迎えた。

段田の細く長い指は、例の、眼球を持つ花が描かれた掛け軸を差した。

しかし以前に見た絵とは少し違って、花の花弁は閉じられ、蕾となっている。


「花が閉じてしまったじゃないか。
せっかく咲いていたのに」


 段田が仰々しく嘆く。

なんと理不尽なこじつけだ。

花など咲けばいつかは閉じ、散るものだろうに。

しかも、閉じた花は掛け軸の絵だ。

絵に描かれた花が動くはずがない。

 菊之助は掛け軸を凝視しながら思う。

 どうも悪魔なるものは、人を悪い気分にさせるのが好きらしい。


「なんで俺のせいなんだい」


 菊之助が返した。


「君がいきなり入ってくるから、妖花が驚いて花を閉じてしまったのだよ」

「人のせいにするなよ。
絵の花がそんな理由で咲いたり閉じたりするもんか」

「普通なら、ならない。
だがここにある物はなるのさ。
これらは昼夜を悪魔の傍で過ごす。
それで私たちの魔力を少なからず受けているからね。
そこらのものとは違うのさ」


 魔力とは何ぞや、と菊之助は首をひねる。

それをしかと見た段田は、表情の切り替えが恐ろしく早かった。

 花唇を吊り上げ、格下の者をあざけ、蹂躙する悪代官さながらの噴き笑いをした。


「おや、これはすまなかった。
魔力といっても君は存じないだろうなあ」


 なんたって、君は知恵の浅い子供だからね。

 そんな一言が余分に発されるような気がして、菊之助は、どかん、と富士山を噴火させた。


「悪魔の言葉なんて、俺たちが知ってるわけないだろーっ」

「はは、それは申し訳ない。
私はてっきり、君が」

「俺が子供だから知らないんだと思った、って言うんだろ」

「うむ。
その通りだよ、子供侍」

「誰が子供だっ」


 おっとっと。

段田に飛び掛かろうとして、菊之助はすんでのところで動きを止める。

近所の女たちの、教訓の一説を頭に呼び起こした。

 些細な喧嘩においては、先に先手を打った方が負け。

富士山が火を噴くのをやめる。


 菊之助は咳きこんで、


「いや……俺あ、喧嘩しにここに来たんじゃない」

「喧嘩?君がひとりでに怒りだしたんだろう」


 悪辣に、段田が棘のある言いかたをする。

耐えろ、俺、と菊之助は心の内で暴れる馬にくつわをかける。


「それで、まだ、仕事は入ってきてないのかい?」

「ああ、まだだな。
なにしろ件の黒煙の怪物とやらのせいで、江戸の妖はこぞって山へ逃げてしまったからね」


 妖がいなくなっては、それに伴って妖に困らされる人間もいなくなる。














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