妖花
しかし菊之助は怖がらぬ。
それどころか初めて段田に勝った気分になって高揚していた。
「やっぱりな。おおかた、人の姿にでも化けてたんだろ。本当はどんな姿なんだ」
すっかり調子に乗って、言いながら菊之助は段田を追い抜かした。
だが、菊之助の優勢はここまでだ。
段田が再び落ち着きを払って、
「妖じゃ、ない」
やけに響く一言に菊之助は腰を砕かれる。
人に視えぬのに妖ではない。
それでは、南蛮船にでも乗り移っていた死魂だろうか。
「私は人じゃない。だが妖でもない。無数の顔を持ち、この隻眼は人の心を透かす異相の大公爵。この私の事さ」
「い、意味が分からないぜ。異相のなんとかって言われても。お前は生きてるのか?それとも、とっくに死んじまってるのかい」
こんがらがる菊之助は矢継ぎ早に真実を求めた。
あれやこれやと物事や道理の謎を深慮するのは嫌いだ。
「日本の者は知らなくて当然だ」
段田が肩をすくめた。
「なに?」
「私たちは、日本における邪鬼とか物の怪とかと同じく、人に苦悩と煩悩をもたらすものだよ。
人に忌まれ、神に背きキリストに仇を成すとされた蛇蝎。
だが、かといって、モンスターともまた違い……」
「なあ、俺にもわかるように言ってくれないか?」
モンスターだとかキリストだとか言われても、菊之助たちは南蛮人ではない。理解できるはずがないだろう。
戸惑う菊之助をほったらかし、段田はさらに喋々して続けるのだった。
「確かに妖と同じく人の目には映らない。
だが妖と違って、私たちには社会というものがある。
君たちで言う将軍のように、私たちの世界にも“魔王”がいる」
「つ、つまり。お前は妖みたいな姿をしてるけど、人みたいな生き方をしてるものか?」
「うむ、曲がりなりにもね」
うなづいた段田の横顔は、言われてみるとなんだか夕日に透けている。
しかし辺りに居る呑気な妖とも似つかない。