ダ・ル・マ・さ・ん・が・コ・ロ・シ・タ 【完】
「……私、帰るね」
突然、手を振りほどき颯爽と歩きだす沙奈。
「ち、ちょっと待てよ!」
俺はその手にもう一度触れようとした。
しかし……。
「触らないで!」
再び、行き場を失う指先。
「急にどうして!?」
すると、ぐっと立ち止まり、彼女は言う。
「佑美に悪いから……」
「…………」
俺は、なにも言葉を返せない。
「私も敬太もバカだよ! なんで気が付かなかったんだろ。サイテイ、ワ゛タシ……」
泣きながら、力をなくしたように、階段でうずくまる。
たしかに、沙奈の言うとおりだった。
手を差し伸べたときに怒っていたのも、ブランコに乗って言った言葉も、『よかったじゃん!』とはにかむ顔も……。
佑美が見せた表情、仕草、言葉、そのすべてが俺に向けられていたかもしれないと思うと、気付けなかった自分自身が憎い。
そして、やっとわかった気がする。
最期に佑美が、なに言おうとしていたのか。
「佑美、ごめん。ごめんなさッ……」
何度も謝る沙奈。
俺は人目もはばからず、初めて彼女を強く抱きしめた。
こうしていないと、俺が壊れそうだったから。
あのとき、瀕死の重傷を負っていても、ひと言だって「痛い」と言わなかった佑美。
つらくて苦しいはずなのに、笑ってくれた。
もし、最期の力を振り絞って、俺に本当の気持ちを伝えようとしていたのなら……。
「敬太が鈍感だからいけないんだよ! 佑美の気持ちに早く気付いていたら、こんな……こんな……好きにならなかったのに!」
俺の胸を何度も叩く。心が砕けてしまいそうだった。
「お願いだから放して!」
――タッタッタッタッ。
身体を引き離し、階段を駆けあがっていく沙奈。
「…………」
今の俺に追いかける気力はなかった。
通勤客が行き交う階段で、ひとり、声を殺すようにして泣く。
「なんで……俺は゛……」
佑美の思いを受け止めてあげなかったのだろう。
どんなに後悔しても、彼女はもうこの世にいない。
冗談を言いながら笑い合った時間は、記憶の中でしか訪れないのだ。