意地悪な彼が指輪をくれる理由
横浜駅に直結しているファッションビルのひとつ、Mビル。
私の職場、ジュエルアリュール横浜店はその1階にある。
店長である鈴鹿祐子(すずかゆうこ)に
「近々中学時代の同級生がエンゲージリングを買いに来るかもしれない」
と伝えてみた。
帳簿を広げていた彼女はいったん
「ほんとに?」
と叫んでから、まるでハムスターがひまわりの種をかじるようなスピードで電卓を叩く。
そして安堵の表情を浮かべ、電卓を抱きしめた。
「いける! これなら今月はいける!」
「売り上げ目標まで、あと30万ちょいでしたっけ」
「そうなの。もしエンゲージリングが売れれば、今月こそ達成よ!」
私たちの店舗は、もう何年も本部から店舗撤退を示唆されている。
毎月の売り上げ目標をなかなか達成できず、かろうじて利益を出せてはいるがギリギリの経営だからだ。
いくらアルバイトだとはいえ、私だってここの販売員として真面目に頑張っている。
資格も何も持たない私は、高校を卒業してから一度も就職したことがない。
これまでは接客を中心にアルバイトで食い繋いできたわけだが、30手前になると次のバイトが見つかるかも不安だ。
潰れてもらっては困る。
「そしたら今月こそ、あの生意気なマネージャーを黙らせることができますね!」
と、二人でガッツポーズをキメた時だった。
「僕がどうしました?」
背後で聞こえた声に、私と祐子さんが凍り付く。
おそるおそる振り返ると、ショーケースの向こう側に、腕組みをしてこちらを見ている男性が。