マー君(原作)
「なあ、上田・・・・・・」

無駄だとわかっていながらももう一度呼び掛けてみる。

だが、返事はない。

良一は横顔に夕日を浴びながら、じっとしている。

しかし目は開いたままだ。まるで何かを恐れるように目を開き続けている。

白い壁は夕日の光で微かに輝いて見える。

リノリウムの床が、淋しげに広がっている。

しかしその上を歩く者はいない。

上田良一はベットに、洋太はベット脇に立ち尽くしているからだ。

「・・・・・・良一、俺は間違えているのか? あいつから、ただ……逃げているだけなのか? あいつを忘れようと。

お前はどうなんだ? あいつを覚えているか? あの頃を――」

ようやく出た言葉は今にも消え入りそうだった。

洋太は良一の姿に哀れみを感じずにはいられなかった。

良一は首と左足に固そうなギブスをはめ、ぼんやりと天井を見上げている。

頭に包帯が巻かれ、網帽子を被っている。

他にもいくつか怪我があったが、目に留まる大きな怪我はそれら三点だ。

話では自室の窓から飛び降りたそうだが、よく生きていられたものだ。

もう少し当たり所が悪かったら命を落としていたかもしれない。

だが--。

良一は確かに生きていた。

しかしそれは肉体的であり、心は死んでいた。

虚ろな目は天井から離れない。そこに何かがあるわけでもないのに、じっと一点だけ見つめている。

< 144 / 604 >

この作品をシェア

pagetop