本音は君が寝てから


「……こんなとこで、手放してたまるか」


携帯の電話帳から、随分前に登録しておきながら一度も押せなかった名前を選び出す。


ごめん。
ずっと逃げてばかりで。

君の好意に甘えていてごめん。

今度こそ伝えるから。

君のことが、ずっと前から気になっていたんだって。


呼び出し音は15回目。
ようやく繋がった先は、無言のままだ。


「森宮さん?」

『……』

「ごめん。ちゃんと話させてくれ。迷惑だなんてことないんだ。俺はずっと嬉しかったんだ」

『……っ』


息をのむ音がする。
聞いてないわけじゃないらしい。
俺は重ねて続けた。


「頼む。今どこにいるのか教えて欲しい。会いたいんだ。顔を見て言いたいことがある」

『……でも』

「頼むよ、……」


名前を呼びたかった。
だけど、頭の中に浮かんだ彼女の名前の、呼び方が分からない。


「な」

『え?』

「名前、……なんて読むんだ?」

『はぁ?』

「あの漢字はなんて読むんだ……」


ああ。情けない。
恥ずかしさと脱力感で思わず座り込んでしまう。

格好良く彼女に呼びかけたかったのに。
かなり間抜けでかなりヘタレだ。

やがて躊躇いがちに彼女の声が聞こえてきた。


『……あやか、です。森宮綺夏。……そんなに難しい漢字でしたか?』

「……俺的には人生で初めて出会った名前だ」


電波の向こうから笑い声が聞こえて、恥ずかしいのと同時に安心した。

良かった、笑った。

泣き顔なんか見たくない。


俺は君の、

笑った顔が見たいんだ。




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