本音は君が寝てから
誰よりも才能があると思って目をかけていたけど、誰よりも言うことを聞かなかったな。
こだわりが強い男は、おそらく集団の中にいるには向かないのだろう。
ホテルにいたときは周りのシェフたちとケンカばかりしていた。俺はいつもその仲裁ばかりさせられていたもんだ。
7年前に自分の店を持ってからは随分落ち着いたように見える。
元気かな。
またコーヒーでも飲みに行くか。
「あの、香坂さん?」
牧田の不安そうな声に我に返る。
いかん、一瞬意識が仕事から飛んだ。
「いいよ、上出来。持ってってくれ」
笑顔で頷いた牧田を見送り、厨房と客席を見渡す。
さあこれがラストオーダーだったかな。
それから二時間後、ようやく片付いた厨房の電気を落とす。少し前に他のシェフたちは帰っていったので戸締りは俺の役目だ。
ホテルのフロントに挨拶して外に出る。冬の空気は突き刺すように冷たく、真っ暗な世界へ足を踏み込むと孤独が妙に沁みる。
例えば家に帰って誰かがいてくれるなら、この一歩はきっともっと違う気分で踏み出せるのに。
帰っても一人だと思うとこのままいっそ厨房で寝てやろうかという気にもなる。
「いや、だめだ。肉臭い」
食べ物の匂いというのは案外移るもので。そして俺は匂いが気になる方だ。毎日の風呂は欠かせない。
この潔癖さも問題なのだろうと思う。