恋愛音痴と草食
先輩のいらん世話





 育児休暇中の金子早苗が陣中見舞いをもって所属先である経理課に顔をみせにきたのは、懇意にしている営業二課の佐倉結子との食事会から1ヶ月後のことだった。

 早苗は社内では古株かつ生来のおせっかいから経理課のみならず各部署に人脈というかネットワークを有しているため、ひとたび顔を出すととにかくつかまる。

 やっと解放され、やっぱり結子に挨拶しようとすぐ上の階に行こうと階段に向かう。

 あまり使わない奥階段に珍しく人の気配を察し、反射的に早苗は動きをとめて耳を傾けた――――。


「……たかが、書類って思ってるのかな」

 静かな声で結子の一番弟子が誰かに語りかけていた。

「…そういうつもりじゃ…」
 答えたのは早苗の知らない若い男の声。

「あの書類ができるまでにどの部署が関わるか知ってますか?」

 加賀見は先輩だけでなく後輩にも敬語を使うが、内容から察するに相手は後輩、たぶん新人だろう。

「…マーケティング課と営業一課です」

 ポツリポツリと答えた声が小さい。

「たまたま今回は社内だけでしたけど、いつもそうとは限らないのは分かりますね」

 加賀見はつい先ほどまで奈良橋の尻拭いのために頭を下げに行動していた。

「加賀見さんに本当にご迷惑おかけしました」

「…先月の件は取引先に話がいってた分佐倉さんはもっと大変でしたよ。幸い佐倉さんは先方からの信頼があっておさめてくれましたが…」

加賀見はそこで言葉を区切る。

 あれ?と思うと加賀見が階上から金子を見下ろしていた。

「ごめん、加賀見。盗み聞きしちゃった」

 早苗は悪びれずにあっけらかんと加賀見達に近づいた。加賀見が早苗を傍らの若い男に紹介する。

「キミ入社してどのくらい?」

「…7ヶ月です」

「半年経ったら誰も甘く見てくれないよ」
 早苗はバッサリ言った。

「キミ、結子ちゃん、佐倉さんのところでしょ?二課ってさ、いちばんあたりがきついんだよ。結子ちゃんの業務量知ってる?」

 早苗は加賀見に顔を向けた。…たぶんコイツわかってないよ。

「加賀見、もうちょっとビシッと言わないときっと分からないよ?」

 早苗の意図を受け加賀見が首を縦に振る。

「新人だからでは通じないし、自分から意欲的に行動しないと誰も教えてくれませんよ」

 加賀見は少し嘘をついた。

 すでに奈良橋は扱い難いと評価されている。給料分の仕事だけしたらいい。たぶん奈良橋はそういったタイプだろうが、本当に給料分にみあった仕事を自分が出来てるか考えたことはないだろう。

 ただ、反応に乏しいとよく言われる自分も扱い難い新人だったろうと思う。だから、加賀見は彼らがヤル気があるならばフォローしてあげていた。


『もぅ、ひろちゃん甘いんだから』

 よく居酒屋で加賀見は結子に言われるが加賀見にしてみればあっちだって劣らず甘い方だと思う。
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