恋愛音痴と草食


 加賀見の冷静な声に奈良橋がピクリと身をこわばらせた。

 これであとは奈良橋がどうなるか、あとは本人次第だ。

 口を挟んできた早苗もチラリと加賀見を見た。

 加賀見は視線のみでそれにこたえ奈良橋に業務に戻るよう告げた。

 奈良橋が階段から姿を消したのを見届けてから早苗が加賀見に軽く笑ってみせた。

「いやぁ、加賀見ってば成長したね」

 そういうことを面と向かって言うあたり、結子の先輩だなと加賀見は思う。
 結子にとり早苗はとても大事な人だ。そのせいか加賀見はいつも緊張してしまう。

「師匠にはいまだに駄目だしくらいまくってますよ」

「うん。ということは加賀見君ならやれるって結子ちゃんは踏んでるんだね」
 結子の行動の基準を知っているだけに早苗の言葉は妙に真実味があった。

「……買い被りすぎです」
 この口下手っぷりは誰もが良く知ってるってのに。あいかわらずあの人はハードルを高めに設定してる。

「そうでも師匠の命令なんだから頑張ってるってとこ?」

「…逆らえませんからね。大人しくハイハイって聞いてます」
 さて、そろそろ俺も戻らないと そう思って加賀見が腕時計をチラッと見たとき早苗が唐突に尋ねた。

「……結子ちゃんは今、特に気になっている男とかいそう?」

「たぶん居ないはずです」

「ふぅん。やっぱり結子ちゃん彼氏とか積極的に見つけたりしないんだね。もったいないと思わない?」

早苗はそう言って加賀見を見た。

 加賀見はどっちともこたえられず早苗の視線から逃れた。

「……じゃあ北川君とかは?」

 早苗が挙げた名前に加賀見の眉がピクッと動いた。

「彼、浮気癖ありますよ」

「そう、じゃあ誰なら良さげ?」

 無邪気を装って早苗は加賀見の反応を確かめてみる。


「……本人が決めることじゃないですか」

 やんわりと加賀見は返答を避けた。予想通りの答えなので早苗は構わず続けた。

「……加賀見、なんでさっき北川君を否定した?」

 早苗の意図が掴めず加賀見は困惑しつつ返した。

「だから、彼は浮気癖が…」
早苗がそこで遮った。

「世の中にはそれでも問題無いって女だっているんだよ。結子ちゃんだってそうかもしれないでしょ?」

「…たぶん佐倉さんはそういったことは望まないんじゃないですか?誰かと争って手に入れたとしても、佐倉さんはあまり喜べないように思います」
 早苗の意見に加賀見は静かに異を唱えた。

「うん。そのとおり。正解」

は?

怪訝な表情の加賀見にニヤッと笑って早苗が続けた。

「結子ちゃんは一途に互い想いあえる人じゃないとイヤなんだって。よく結子ちゃんのこと分かってるじゃん」

「……」
加賀見は眉をわずかにしかめる

「…結子ちゃん好きなんでしょ」
 早苗の追求をどうしようか加賀見は黙ったまま悩んだが、ややあってから

「はい」
と首をわずかに縦に振った。

言ってから加賀見はホォッと深いため息をついた。

「いつから?」

「正直分からないんですよ。気がついたらいいなって思ってました。だから年季はそれなりにってところですかね」

居心地が悪いのだろう、加賀見が 小さく 勘弁して下さい と懇願してきた。

「私は加賀見と結子ちゃんはいいと思う。だからさ、もし、加賀見がその気になったら手伝ってあげるからね」

「……その時はお願いします」
加賀見はたぶん そんな時など無いだろうと思いながら社交辞令としてそう返した。
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