恋愛音痴と草食
対極の男
社内がどことなく浮き足だったように感じたのは今日がまだ年明け間近だったというだけではなかった。
隣の席の後輩が始業早々
『佐倉さん、聞きました?』と話しかけてきた。
「んー?なにが?」
まだ仕事モードに頭が切り替わらないから返事が間延びする。
「顧問の小田桐さん離婚したそうですよ」
小田桐さんというのはわが社の顧問弁護チームの1人で確実にイケメン。ほんとのところはどうだか分からないが、表面的には硬派に見えなかなか目の保養になる41歳。私はわが社の訴訟問題にこじれそうなときや書類作成の折りに直接彼と話をする機会が何度かあるが、嫌味がないスマートな人ではあった。
小田桐氏が美男ならば奥様、もとい元の奥様(で、いいのかは未確認だけど、ま、いっか)がこれまた美人な有名人。美人料理研究家 長谷川美鶴 。キレイでオサレなキッチンから彼女が涼しげな姿で『たくさん食べてね』語尾はーと なCMやら見た目がお洒落な料理とともににっこり微笑む姿とか雑誌で何度もお見かけする。
美男美女のみならず大手法律事務所の上席待遇な弁護士の夫に成功してる料理研究家の妻の組合せとか私のような庶民にはあり得ないくらいおとぎ話だったが、そっか離婚かぁ。
「まぁ、お互い忙しそうな感じだけどなんともならないくらいすれ違ったりしたのかもね。でも、なんだかそれって寂しい話だなぁ」
ぼんやりそう話をしていると背後からコツコツと靴の音がした。
ん?
くるりと振り返る。
「げ」
「……げってずいぶんな反応だなぁ。まずは明けましておめでとう。あと新年早々お騒がせして申し訳ない」
なんで噂してる人ってタイミング良くあらわれるんだろ?
私は何とか外向けの猫かぶり仕様に仕切り直す。
「こ、こちらこそ勝手に話のタネにしてしまいまして大変失礼しました」
だが、彼はケロッとして
「事実だから構いませんよ」とあっさり言った。
「……それにしても佐倉さんは案外ロマンチストなんだなぁ」
小田桐氏は面白そうに私を見る。
案外ってどーゆーことだよ。私も失礼しましただが、そっちも失礼だな。
だが、まだ猫かぶりの効果範囲内。このくらいならちょろい。
「…ロマンを追うことを男の特権にしとくのはもったいないですから」
お、我ながら頑張った返しじゃん。
私は自分の返答の出来に満足した。