どこからどこまで
「あれ……しょーちゃん、おかえり~…」

「ただいま…。ごめん、起こした?」


 沙苗のフワフワとした声にハッする。

 せっかくそばにいられるんだ、今は重いことを考えるのはやめよう。


「ううん……寝ちゃって…ごめん……」


 ベッドに腰かけて、起き上がろうとする沙苗の頭に手を置く。乱れた髪を撫でつけるように数回頭を撫でると、少し寝ぼけているのかフニャリと笑った。

 緩んでいく頬は、自分にはどうにもならない。


「いいよ。夕飯できたら起こすから」

「えー…でも、洗濯物…」
「いいから」


 ポンポンと頭を軽く叩けば"でも、"は、もう聞こえない。タオルケットをかけてやれば観念したようにクッションを抱えなおした。


「ほんとに、起こすー…?」

「ほんとに起こすよ」

「あ…そだ……かおちゃんが、"ありがとう"って…」

「え?……あぁ、うん。もう寝なって」

「ごめんー…じゃーおやすみ~……」


 落ちたかけていたまぶたが完全に落ちた。


「おやすみ」


 化粧をおとしていないのであろう頬を、そっと、親指の腹で撫でる。

 "かおちゃん"、か。懐かしい響きだな。

 いとこの俺は"しょうちゃん"、弟の薫は"かおちゃん"。幼い頃は、そうだった。成長するにつれて、いつの間にか"かおちゃん"は聞かなくなっていたが、今でもたまにそう呼んでいるのかもしれない。

 俺は、ずっと"しょうちゃん"だ。

 幼い頃からかわらない、どうあがいたって沙苗にとって俺は"なかよしないとこのしょうちゃん"なのだ。


"しょうちゃん"


 呼ばれる度に、嬉しい反面、悔しくも思っていた。

 自覚してからかわらない自分の気持ちも、沙苗にとっての俺のポジションも、何年経ってもかわらない。

 これから先も、きっと。
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