どこからどこまで
「なんか新婚さんみたいだね」


 奥さんが旦那さんのネクタイを結んであげるという、少女漫画などでありがちな。

 なんの気なしに、そう言った。

 が、なかなか反応が返ってこないことに気づいて、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか、ようやく理解した。

 謝ろうと顔をあげると思いのほか顔が近かったため再びうつむく。

 また、意識してる。だめだ、茶化さなきゃ。謝らなきゃ。

 ネクタイに触れていた手を離す。


「…なんで、」


 ところが、離そうとしたところで翔ちゃんの手があたしの手を掴んだ。

 言葉もでない。


「そういうこと言うかなあ~……」

「痛っ」


 吐き出すように発せられた声には、少し情けない響きがあった。

 ゴツンと、あたしの頭に額をぶつけて。崩れ落ちるように。

 おそるおそる顔をあげると、つらそうな翔ちゃんの顔があった。今にも、泣き出しそうな。


「………ごめんなさい」


 もう恥ずかしいだなんて言っていられない。あたしの言動の何が翔ちゃんを傷つけたのか、明確にはわからない。

 それでも、こんな顔をさせてしまったことに、謝らなければ気が済まない。

 掴まれた手を握り返すと少し経ってから手の甲を親指の腹で撫でられた。


「……さなが変なこと言うから、ちょっとびっくりしただけだよ。俺も、ごめん」


 今度はぶつけられた頭を撫でられる。


「痛かった?」


 首をふるふると横に振ると少しだけ悲しそうな顔をして笑っていた。掴まれていた手は、既に離されている。


「にしても…」

「え?」


 かと思えば今度は両手で両頬を掴まれてしまった。次に何が起こるのかといえば、想像に難くない。


「いたっ、いたいー…」


 もちろん、つねられた。


「ああいうこと、簡単に言わないように。俺は兎も角、男なんて単純なんだからすぐに勘違いされるよ」

「勘違いってー?」

「自分に気があるんじゃないか、って」

「えー、うそだあ」

「………」

「いっ!……すみません、ごめんなさい」


 口答えをやめたら、やっとつねるのをやめてくれた。

 変な雰囲気にならなくてよかったと、内心胸をなでおろす。


「新婚さんみたいなんて言って本当に申し訳なかった!大丈夫!翔ちゃんなら絶対あたしなんかより可愛くて、できのいいお嫁さんもらえるから!!」

「…そういうことじゃないんだよ」
< 26 / 81 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop