どこからどこまで
 思わず笑ってしまうと心外だとでも言わんばかりにかみついてきた。声を荒げることなどめったにないくせに、珍しい。

 それを嬉しくも思った。


「だって!確かに扱いは近親婚だけど、いとこ同士で結婚しちゃだめなんて法律ないじゃん…!実際に結婚してる人だっているのに」

「調べたんだ?」

「調べたよ。沙苗ちゃんと兄妹になるのは無理だけど夫婦にはなれるよ?俺とも兄弟になれるし。ね?」

「"ね?"って………俺はただ、そばにいられればそれでいいんだよ。結婚はあくまでもその手段で、目的じゃない」

「えー…そんなこと言ったって沙苗ちゃんの結婚式に招待客として呼ばれちゃったらたまんないでしょ?他の男にとられてもいいの?」


 想像したくもないことを。


「そりゃ…そうだけど。結婚以前に沙苗の気持ちが……いや、俺の気持ちの問題だな」


 言われてからずっと、重くて仕方がないあの言葉。

 もういっそトラウマと言ってよいのではないだろうか。


「薫の言う通りだよ。中学あがる少し前くらいに、聖也に色々言われてさ。なんかトラウマっぽい」

「気にしなくていいんだよ、そんなの…」

「そういうわけにもいかなくてさ……ごめん」

「翔ちゃんは悪くないよ。なんか俺、今ものすごくせーちゃん殴りたい」

「帰ってきたら教えるよ」

「あ、殴っていいんだ」


 あはは、とどこか沙苗を思わせる笑顔で薫は言った。

 寧ろ俺が殴りたい。


「…にしても、薫の鋭さをさ、少しは沙苗にわけてやれないわけ?」

「わかるけど無理だね」

「………だよな」

「そんなもんでしょ、きょうだいなんて。足して2で割って丁度いい、って感じ」


 確かにそうだと頷いて、まだ缶に残っている酒に口をつけた。

 飲んだら減っていくこの缶の中身のように、口にだしたら少しだけ重苦しい気持ちが軽くなった気がした。思えば、自分が抱えるトラウマを、誰かに話したのは初めてだった。

 こんなにスッキリするもんなのか。

 薫には感謝しなければならない。一瞬でも"泊めるのを断れば、"と思った自分が情けない。

 ごめん、薫。トラウマと向き合うには、まだまだ時間がかかる。

 トラウマの元凶、聖也。俺の兄である。
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