どこからどこまで
「……………あれ…おはよ」

「おはよー。ごめん、まだ寝てていいよ」

「…っていうか、なんで沙苗ちゃんがいるの……?」

「えっ?」


 目をこすったり欠伸をしたりと忙しい薫の声は寝起きのせいかいつも以上にゆったりとしているにもかかわらず、あたしの肝を冷やすのには十分なセリフだった。

 しまった。

 薫はあたしと違って聡い。親には"ときどき食事を用意してもらっているお礼にときどき家事を手伝っている"くらいのことしか話していないし薫に対してもそうだ。

 もちろん、合い鍵をもらっているだなんてことは知られていない。


「鍵開いてたよー?不用心だなー、もー」


 平常心、平常心。

 そう心の中で唱えながらサラッと嘘をついてみるものの、薫は目が覚めてきたのかフッといつも通りの余裕の笑みを浮かべた。

こういうとき、薫が兄であたしが妹の方がよかったんじゃないかと思う。母にも未だによく言われる。"どっちが上なんだかわかんないね"、と。


「ほんと下手だね、嘘」

「嘘じゃないし…」

「合い鍵、もらってるの?」

「え、」
「なんかもういっそ、いっしょに住んじゃえばいった」

「え?」


 薫の目を見たら本当にもう洗いざらい話してしまいそうで目なんか合わせられるはずもなく俯いていたら、弟が突然変な日本語を発した。

 まだ寝ぼけているんだろうかと顔をあげれば、寝起きで不機嫌そうな顔をした翔ちゃんが薫のすぐ後ろにいたのだった。


「あれ、翔ちゃん。おはよ」

「はよ…」

「翔ちゃん、痛い」

「俺が朝弱いの知らなかった?」

「知ってるけど。もう朝って時間でもなくない?」

「朝。まだ午前中」

「………寝ぼけてる?」


 翔ちゃんと薫のやりとりを聞きながら、ああ、そういうことかと納得した。

 どうやら翔ちゃんが薫の頭を叩いたらしい。それで薫は変な日本語を喋っていたのか。そういえば何か音がしていたような。


「さな、朝ご飯は?」

「食べてないよー。おなかそんなすいてない」

「薫は?」

「お昼といっしょでいいや」

「そっか。じゃあおやすみ…」

「え」


 二度寝の態勢に入った翔ちゃんに薫が呆れた顔をした。


「…いつもこうなの?」

「うん、まあ」


 苦笑しつつもそう応える。

 薫は"ふーん"と言いながら含みのある視線を寄こした。
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