飛ばない蝶は、花束の中に
約束通り、“雅”の明け渡された部屋に戻ってすぐに。
ドアが控えめにノックされた。
「…………ごめんね、忘れ物しちゃった」
ふわりと香るのは、“雅”のヘアクリーム。
緑と土を思わせる、不思議な香り。
自室であろうに、やや遠慮がちに首を傾けた“雅”は、まっすぐに私の目を覗き込んだ。
「…あんたの部屋でしょ」
私は相変わらず優しくできないまま。
ありがとう、部屋取っちゃってごめんね、って言えないまま。
うん、と短く笑った“雅”が、机を探るのを見つめながら、私は。
「ねぇ」
思わず。
「なんで、嫌がらないの?」
ドアを閉めて、そう。
訊いていた。
「どうして?」
訊かれたことに、むしろびっくりしたのか“雅”は手に図鑑を持ったまま振り返った。
「深雪ちゃんが、来たこと?」
私は頷く。
だって、私なら歓迎できない。
仕方ない、と思いつつも、鬱陶しいと感じるだろうし、自分の部屋を明け渡す事もないと、思うから。
「…ん~……だって、凱司さんの妹さん、なんて…いたんだ、ってびっくりしたけど…」
あんまり、凱司さんのこと、知らないんです、と。
“雅”は私から視線を外して、ゆっくりと本を選び始めた。
「凱司さんのお客様は、大切ですから」
それが妹さんだったら、なおさら。
何でも、言って下さいね、と、にこりと小首を傾げた“雅”は、私を見つめて、ふと表情を曇らせた。