カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―


「失礼します。お疲れさまでした」
「あら? 阿部さん、珍しいですね?」


上着を着て、女性社員に声を掛けると、驚いた顔で見られる。
「たまには」と、短く答えて部署を出た。

エレベーターに鬱々とした気分で乗る。隅に寄り掛かり、腕を組んでぼーっと考えていた。


今まで滅多になかったけどそれなりに、気が晴れないときには仕事に打ち込んで考えないようにしていた。
けど、仕事もプライベートも同時に、っていうのは初めてだわ。
なにに没頭すればいいのか。どうしたら極力早くこの暗いトンネルから抜け出せるのか、わからない。


『ポン』と四角い箱の中に音がして、足を踏み出す。


「あれ? 帰んの?!」


正面から乗り込もうとした人の声に、パッと顔をあげる。


「じ、神宮司さん?! あれっ……」


慌てて頭上の数字を確認すると、そこは6階で。てっきり1階に到着したものだと思っていた私は、肩を竦めて一歩後ろに下がった。

そんな私の気まずい様子を感じ取った神宮司さんが、驚いた声で言う。


「阿部にしては珍しいな、ぼーっとしてたなんて」


カチっと『閉』のボタンを押した神宮司さんが、半身だけこちらを向けた。
その少しの動きで神宮司さんのオードトワレの香りが届いてくる。


きっと、この狭くて風がほとんどない空間だからだ。
ラストノートとでも言うのか……しつこくなく、軽めに香る感じがまた、神宮司さんらしい。

その香りにドキリとすることなんて、今までなかったはずなのに。



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