伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.18 (第三者視点) 後編
引き出しの上に飾られた一枚の写真が目に留まる。
満面の笑みを浮かべて両親と腕を組む愛らしい少女が手にした未来は、何と残酷なものだったのだろう。
写真は殊更色褪せて見えた。
「だから私はどうしても侯爵の犯した罪を暴きたかった。そこで名前を変えてあの家の衛兵になったんだ。奴は私だと気付かなかった。しかし存外警戒心と猜疑心の強い男で、決して親しいもの以外を屋敷に入れはしなかった。衛兵と言っても門番と大差ない。常に奴は周りに最も信頼できる屈強な男たちを侍らせ、私には近付くチャンスもなかった。その上妻は娘を亡くしてからすぐ体を壊して…一年も経たない内に息を引き取ったんだ」
「そんな…」
「全て失った時私は悟った。この世に神などいない、所詮弱肉強食なのだと…。そこで慣れ親しんだ故国を離れ、この国に移り住んだ。娘と妻には毎週会いに行っている。国境近くの丘に二人が眠っているんだ」
「そうでしたか…。お辛い事を思い出させてしまい、大変申し訳ございませんでした。主人に代わってお詫び申し上げます」
彼の痛みは何事もなくこれまで生きてきたレオンにとって想像を絶している。
しかしブルーノが抱いた絶望感と無力感、そして喪失感は彼を見れば一目瞭然だった。
ありったけの心の叫びを吐露したブルーノは幾分落ち着きを取り戻している。
深々と頭を下げたレオンに、彼は「侘びなど必要ない」と優しく告げた。
そして苦しげに瞳を伏せる。
「私も同罪なんだ」
「え…?」
「衛兵をしている間、若い娘が何人か雇われた。しかし早い者は数日で姿を消し、長くとも一月以内に全員が屋敷から消えていた。事情に予測がついていながら、私は彼女たちに何も言わなかった。追い返すこともしなかった。希望に満ちた命は死ぬより辛い仕打ちを受けて散っていった。私は…彼女たちを見殺しにして、私と同じように愛する娘を奪われる両親を増やしただけだ」
懺悔するように両手を固く握り合わせ、ブルーノは額にそれを打ち付けた。
頬に再び涙が伝う。
けれど。
レオンは思う。
当時の彼に何が出来たのだろうか、と。
「あなたの罪ではありません」
「ッ、何故そんなことが言える!?」
「助けなかったのではなく、助けられなかったのです。見殺しにしたのではなく、他にどうすることも出来なかった」
「言い訳に過ぎない」
「いいえ、事実です。あなたが彼女たちを追い返せばどうなっていたか。…最悪ご自分の命を落としていたかもしれません。そうなるわけにはいかなかったはずです。あなたが亡くなったら誰が奥さんと娘さんの墓に花を供えるんです?誰が水をあげるんです?」
「いや…いっそ二人の元へ行けば、昔に戻れたかもしれない!あの世で…三人で…幸せだった頃に…」
それは悲しい願いだった。
確かに彼が命懸けで少女たちを止めていたら、たくさんの未来が変わったかもしれない。
しかし恐らく騒ぎなど一瞬で終わり、侯爵は同じことを繰り返すだろう。
彼の死など痛くも痒くもない。
そうなれば無駄死にになってしまうのだ。
力無き者の声は簡単に掻き消されてしまう。
「あなたがすべきことは死ぬことではありませんよ。もっと意味のある事をしなければ」
「何が、出来ると…?」
「ギーアスター公爵が仰った通り、ご存知の事を全てお話しください。いつかこうなると思っていたのでしょう?それは希望だったはずです。娘さんのために真相を暴きたいと、願っていたはずです」
「…」
「あなたはバルツァーの屋敷に召された少女たちを見てきたはずです。名前でも容姿でもなんでもいい。教えてください。必ず我が主たちが真相を突き止めます。娘さんや彼女たちの仇を取ります。力に敵わぬのなら、それ以上の力を有する善良な正義に味方することです。彼らは絶対に私たちを裏切らない」
レオンは確信している。
だからこそ自分はここまで出向いたのだ。
彼らの力になる事が、ひいてはたくさんの人々を守る事に繋がる。
しっかりとブルーノを見据え、力強い視線を向けた。
「あなたは本当に良い主を持ったようだな」
「はい」
「どうか、娘たちの仇を…」
ブルーノは両手でレオンの手をしっかり掴んで懇願すると、静かにペンを取って手紙をしたためるのだった。
続く
引き出しの上に飾られた一枚の写真が目に留まる。
満面の笑みを浮かべて両親と腕を組む愛らしい少女が手にした未来は、何と残酷なものだったのだろう。
写真は殊更色褪せて見えた。
「だから私はどうしても侯爵の犯した罪を暴きたかった。そこで名前を変えてあの家の衛兵になったんだ。奴は私だと気付かなかった。しかし存外警戒心と猜疑心の強い男で、決して親しいもの以外を屋敷に入れはしなかった。衛兵と言っても門番と大差ない。常に奴は周りに最も信頼できる屈強な男たちを侍らせ、私には近付くチャンスもなかった。その上妻は娘を亡くしてからすぐ体を壊して…一年も経たない内に息を引き取ったんだ」
「そんな…」
「全て失った時私は悟った。この世に神などいない、所詮弱肉強食なのだと…。そこで慣れ親しんだ故国を離れ、この国に移り住んだ。娘と妻には毎週会いに行っている。国境近くの丘に二人が眠っているんだ」
「そうでしたか…。お辛い事を思い出させてしまい、大変申し訳ございませんでした。主人に代わってお詫び申し上げます」
彼の痛みは何事もなくこれまで生きてきたレオンにとって想像を絶している。
しかしブルーノが抱いた絶望感と無力感、そして喪失感は彼を見れば一目瞭然だった。
ありったけの心の叫びを吐露したブルーノは幾分落ち着きを取り戻している。
深々と頭を下げたレオンに、彼は「侘びなど必要ない」と優しく告げた。
そして苦しげに瞳を伏せる。
「私も同罪なんだ」
「え…?」
「衛兵をしている間、若い娘が何人か雇われた。しかし早い者は数日で姿を消し、長くとも一月以内に全員が屋敷から消えていた。事情に予測がついていながら、私は彼女たちに何も言わなかった。追い返すこともしなかった。希望に満ちた命は死ぬより辛い仕打ちを受けて散っていった。私は…彼女たちを見殺しにして、私と同じように愛する娘を奪われる両親を増やしただけだ」
懺悔するように両手を固く握り合わせ、ブルーノは額にそれを打ち付けた。
頬に再び涙が伝う。
けれど。
レオンは思う。
当時の彼に何が出来たのだろうか、と。
「あなたの罪ではありません」
「ッ、何故そんなことが言える!?」
「助けなかったのではなく、助けられなかったのです。見殺しにしたのではなく、他にどうすることも出来なかった」
「言い訳に過ぎない」
「いいえ、事実です。あなたが彼女たちを追い返せばどうなっていたか。…最悪ご自分の命を落としていたかもしれません。そうなるわけにはいかなかったはずです。あなたが亡くなったら誰が奥さんと娘さんの墓に花を供えるんです?誰が水をあげるんです?」
「いや…いっそ二人の元へ行けば、昔に戻れたかもしれない!あの世で…三人で…幸せだった頃に…」
それは悲しい願いだった。
確かに彼が命懸けで少女たちを止めていたら、たくさんの未来が変わったかもしれない。
しかし恐らく騒ぎなど一瞬で終わり、侯爵は同じことを繰り返すだろう。
彼の死など痛くも痒くもない。
そうなれば無駄死にになってしまうのだ。
力無き者の声は簡単に掻き消されてしまう。
「あなたがすべきことは死ぬことではありませんよ。もっと意味のある事をしなければ」
「何が、出来ると…?」
「ギーアスター公爵が仰った通り、ご存知の事を全てお話しください。いつかこうなると思っていたのでしょう?それは希望だったはずです。娘さんのために真相を暴きたいと、願っていたはずです」
「…」
「あなたはバルツァーの屋敷に召された少女たちを見てきたはずです。名前でも容姿でもなんでもいい。教えてください。必ず我が主たちが真相を突き止めます。娘さんや彼女たちの仇を取ります。力に敵わぬのなら、それ以上の力を有する善良な正義に味方することです。彼らは絶対に私たちを裏切らない」
レオンは確信している。
だからこそ自分はここまで出向いたのだ。
彼らの力になる事が、ひいてはたくさんの人々を守る事に繋がる。
しっかりとブルーノを見据え、力強い視線を向けた。
「あなたは本当に良い主を持ったようだな」
「はい」
「どうか、娘たちの仇を…」
ブルーノは両手でレオンの手をしっかり掴んで懇願すると、静かにペンを取って手紙をしたためるのだった。
続く