伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.19 (ディー視点)




 隣国であるフェアエンデルングに赴いたレオンから届いた封書によって、どうやら「カミラ・クリストフ」とヨアヒムについては調査が進展しそうな雰囲気を帯びてきた。
 アルが探し当てたバルツァー家の元衛兵はレオンに全てを話してくれたらしい。
 彼が侯爵家へ仕えるようになった経緯も、そこで何が起きていたのかも、一体何人の女性が雇われ…そして姿を消したのか、も。
 更に被害者と思われる女性たちの経緯もレオンは独自に調査したようだ。
 一人一人に出身地が書き加えられている。
 女性たちはそのほとんどが侯爵家から姿を消した後、ある者は自殺、またある者は事故死、そしてまたある者は不審死…と、すでにこの世を去っている。
 侯爵家を去ってから生き残っていたのは唯一カミラだけだそうだ。
 レオンは現在カミラの行方を追って、調査を続けている。
「カミラはどうやらエアフォルクの孤児院で育ったようだ」
「年頃になって自立のために侯爵家に仕えようと思ったのか。巧妙だね。女性たちは皆都市から離れた地方出身者ばかりだ。バルツァーは首都で求人広告は出していないし、古参の使用人たちは前侯爵の頃から仕えている人物ばかり。まるで伏魔殿だ」
「嫌な話だが実際彼女たちの死について騒いだところで、調査に乗り出す人間は皆無だっただろう。バルツァーによって証拠は隠滅され、多少騒ぎが起きても全て地方貴族に揉み消されるだろう。だから表沙汰にならなかった」
「これまでの噂だって人の口に戸は立てられなかっただけだろうからね。確実な証拠がなきゃいくらだって言い逃れできる」
「…この紋章だけでは、結局また逃げられる」
 未だ厚い雲に覆われているかのような侯爵と、アウラー男爵の「真実」を全て、明らかにしてしまわなければ何もかもが水の泡だ。
 奥の手を使うしか、あるまい。
「アル、出来るだけ証人を集めるぞ」
「どの類の?」
「実行犯なら最高、最低でも暗闇の明かりに群がる蛾のような奴らは案外多いはずだ」
「なるほどね。それから?」
「筆頭公爵に会う」
「彼らは今まで見て見ぬふりをしていたと…そう考えてるから?」
「というより、彼らが干渉するほどの事だと思っていないだろうな。庶民の生活など国の運営に比べたら些末なものだと考えているだろうから。ただ陛下は違うだろう」
 国民の幸せを第一に考えたいという陛下なら、この奇妙な歪みに疑問を抱くはずだ。
 何人もの女性が命を落とし、たくさんの人間が嘆き悲しみ、無罪の人間が不名誉な汚名を着せられたまま殺されたのだと知ったら…陛下は黙っていられない。
 筆頭公爵に面会を申し込めば、その話はすぐに陛下に伝わる。
 仮にどこかで細工をされたとしても、目には目を、だ。
 あとで陛下に直接話をすればいい。
 可愛い息子の稽古によく顔を出すのだから、ある程度の事実を掴んで報告すれば、あとは陛下が命を下してくれる。
「君が考えていることは大体読めた。そうとなったら酒場に行ってみるか?ならずもののたまり場に足を踏み入れることになるけど」
「望むところだ」
 私たちはすぐに準備に取り掛かる事にした。



 いつもなら絶対ありえないような長くウエーブした黒い髪を一つに束ねてなびかせ、ブラウスは襟元のリボンを緩く結んで両端を垂らし、遊び人風に少しばかり着崩した格好で目深にグレーのハンチング帽を被る。
 髪形と服装が変わっただけで、こうも雰囲気が変わるとは。
 我ながらなかなかの「危険な男」っぷりだ。
 隣で支度をしているアルも私と似たような格好をしているが、幾分かっちりと衣装を着こみ、胸元にシックなエンジ色のポケットチーフを差し色に添えてプレイボーイを装っている。 互いに普段とは別人になりきり、僅かな緊張感を持ったままぐっと拳を突き合わせた。
「何だか不思議だね、ディーが遊び人の格好なんて。本来の君なら絶対有り得ない」
「仕方ないだろう。こうでもしないと変装にならないんだから」
「まあね。でもどうする?エルフリーデ嬢は新たな好みに目覚めちゃったかもよ?」
「ん?」
 言われてふと、部屋の隅っこで大人しく椅子に腰かけながら、ぼんやりとこちらを見つめているエルに気付く。
 連日婚約披露パーティーの準備に奔走して疲れたせいかと思ったが、どうやら違うらしい。
 頬をほんのり赤く染めて、「ぽうっと」している。
 私たちが着替えを終えてからずっとこの部屋にいたはずだが、エルは一切口を開いていなかった。
 元々私の斜め後ろを三歩下がって歩こうとするようなエルだから、アルと今後の策を練っている私を邪魔しないように気遣ってくれていると思っていた。
 確かにそれもあるだろう。
 黙っていても彼女は熱心に、私たちが酒場に乗り込み短期決戦へ持ち込む作戦を聞いていたから。
 だが…アルの指摘は正しいかもしれない。
「どうしたんだ、エル?」
 歩み寄って顔を覗き込むと「きゃ」とか「ひゃ」とかいう小さな声を上げて、ふんわり仕上げた淡いレモン色のドレスに顔をうずめてしまった。
 …。
 何だ、この可愛い生き物は。
 思わずからかいたくなる。
「エル」
 跪くようにかがんでそっと彼女の前髪を掌で上げ、白くきめ細かなそこに口づけてみる。
「貴女が気に入ってくれたなら、今後はこういった格好もしてみよう。二人きりの時に」
 まだ顔を伏せったままの彼女に告げると、さらにドレスに真っ赤な顔をうずめてから、エルは蚊の鳴くような声で
「ダメ…です…」
 と呟いた。
 思わずアルと顔を見合わせて笑みを浮かべてしまうが、これ以上戯れている時間はなさそうだ。
 壁に掛けられた時計を見れば、酒場に行くにはちょうどいい時間になっている。
 もう少しエルの照れた様子を見ていたいが、機を逃せば真実はあっという間に遠ざかってしまう。
「そろそろ行くよ。留守を頼んだ」
 そう告げて立ち上がる。
 膝まであるブーツをもう一度しっかり履き直し、アルと共に書斎を後にする。
 すぐにエントランスに繋がる階段を降り始めると、タタッという小さな足音がして
「ディー様!待って!」
 頬を赤く染めたエルが懸命な顔で駆け寄ってきた。
 私の両袖をぎゅっと掴む手が震えている。
「必ず、帰ってきてください。アル様と一緒に、必ず、ここに帰ってきてくださいね…?」
「ああ。約束する。私たちは無事に帰ってくるから、安心してくれ」
 こちらを見上げる黒い真珠のような瞳には明らかな不安が浮かんでいた。
 数日前、伯爵の夢を見たエルの事だ。
 きっとあの時の事が脳裏をよぎったのだろう。
 状況も目的も何もかもが事件当時とは違っていても、彼女にとって誰かが自分の元から去っていく恐怖は、簡単に拭い去れるものではない。
 些細な事が過去と重なる事もある。
 もしかしたらエルは当時の光景と今を重ねてしまったのかもしれない。
 だが、私は違う。
 必ず無事に帰ってくるのだと、信じてほしい。
「口約束で終わらせるつもりはない。何しろ私には可愛い婚約者がいるんだ。それにアルもいてくれるし、こっそり衛兵たちも配備する。だから大丈夫、今の私は無敵なんだ」
「本当に?」
「もちろん。ただ一つお願いしてもいいか?」
「何です?」
「帰ってきたら優しいキスをくれ。それで私は頑張れる」
 言い終わると同時に彼女の柔らかな唇をそっと奪う。
 この愛しい人を手放してなるものか。
 悲しませてなるものか。
 無事に全てが決着した時には、永遠の愛を誓えるように。
 固い決意と願いを込めて、華奢な彼女を抱きしめる。
「行ってくる」
「どうか、ご無事で…」
 私は宵闇の中へ駆け出すのだった。






 続く
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