伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.21 (ディー視点) 後編



 完全にこっちが悪役になった気分なのは解せないが、より一層やりやすくなったことは確かだ。
「あんたら一体何もんなんだ…」
「腕っぷしは強いし、バクチも敵なしときたもんだ」
「化けもんか…?」
 口々に魂を飛ばしながら何やら失礼な事を呟いているが、もとはと言えば無知なくせにアルを怒らせるからいけないのだ。
 私は(比較的)大人しく、黙々とカードをめくっていっただけだ。
 自滅したのはそっちだというのに、化け物扱いとは。
「それ以上言うと余計アルを怒らせるぞ?身ぐるみはがされるのは嫌だろう?」
「「「ひぇぇぇぇっ」」」
 彼らは縮み上がって許しを請い始めた。
 周囲で散々彼らに声援を送っていたはずの観客たちも、今では完全に黙り込んだままこちらが次に何を言い出すか、内心穏やかでないのだろう、ごくりとつばを飲み込む音まで聞こえてくる。
 それを一瞥してアルはどさりと皮袋いっぱいに取り上げた金貨をテーブルに乗せた。
「僕たちとしてもあんたたちの服は出来れば剥ぎ取りたくないし、正直金貨も要らないんだ」
「ええっ?こんだけある金貨もいらねぇって!?あんたらホントに何もんなんだ!」
「金に困っていないことは確かだ。必要とあらば自分たちでいくらでも稼げる」
「あんだけ強けりゃそうだろうよ!しかし欲のねぇ」
「まあね。でも欲しいものならある」
「ほう、何だい?」
「情報が欲しい」
「情報だって?一体何の?」
「バルツァー侯爵とアウラー男爵について、だ」
 そう告げた途端、再び賑やかさを取り戻しつつあった酒場がしんとした。
 一瞬で彼らの表情が変わる。
 そして向けられた鋭い殺気がいくつも肌に突き刺さる。
 間違いない。
 この場に侯爵たちと関わった者たちがいるはずだ。
 同じものを感じ取った部下たちも警戒を強めて、さりげなく店を出ていった。
 恐らく周囲に包囲網を張り巡らせているだろう。
 私とアルは目配せして店内の様子を窺う。
 目の前にいる酔っ払いたちはすっかり素面に戻ったような顔でこちらを見ていた。
「あんたら…何だってまたそんな厄介な人たちを調べてるんだい?」
 カウンターの向こうから店主の声がする。
 彼は視線をこちらに合わせることなくグラスを磨いているが、神経は一本の細い針のように切っ先を尖らせている。
「店主、何か知っているのか?彼らが厄介だという根拠が知りたい」
「…知ってどうする?明るい夜道ばかりじゃないんだぞ」
「あなたのいう事ももっともだと思うけど、僕らそれなりに修羅場は潜ってきてる。ただのボンボンじゃないよ」
 アルの飄々とした言葉に、ようやく店主は視線を上げた。
 そして小さく
「一晩だけの客だとしても、帰りに死なれるのは気分が悪い」
 と呟いた。
 つまりは我々を案じてくれているらしい。
 店主の言葉を受けて、目の前の彼らがポツリポツリと口を開いてくれる。
「あんたらには借りが出来ちまったからな。俺たちの知ってることでいいなら話してやるよ」
「ただしあくまでも噂だ。俺たちも命は惜しいからな。詳しい事は話せねぇ」
 辺りをきょろきょろと警戒している。
 ただし先刻から感じている射抜くような殺気は私とアルに向けられたままで、彼らには向けられていないからひとまず安心していいだろう。
 万が一を考えて後で、案外人のいいこの酔っ払いたちにこっそり護衛をつけておこう。
 そんなことを思いながら彼らに耳を傾ける。
 彼らの一人は声を潜めて、こちらに身を乗り出すように話し始めた。
「バルツァーもアウラーもこの辺りじゃ有名なんだ。いつも変装してくるけどな、とっくに面は割れてんだ」
「あの人たちはここらへ来ると必ずこの店に寄って、それからどこかへ消えちまう。裏にはもっとヤバイ店があるんだ」
「店ってぇより、隠れ家みてぇなもんだ。俺たちゃ「穴蔵」って呼んでる」
「穴蔵?」
「やばすぎて俺たちも近寄らねぇ場所だよ。パッと見は俺たちみてぇなんだが、目が普通じゃねぇ、蛇みてぇに周りを睨んでるヤロー共がそこを囲んでやがるんだ」
「他に出入りしてた人物を見かけたことは?」
「さあなぁ、あそこは出来るだけ通りかからねぇようにしてるから…」
「じゃあ行ってみようか」
「「「何だってぇ!?」」」
 揃いも揃って絶叫した後、ぎょっとした彼らはタイミングもばっちりにこっちを向いた。
 アルはやれやれというセリフを表情で訴えている。
 しかし直後、突き刺さっていたはずの殺気が不意に消えた。
 カランとドアベルが鳴る。
 待ち伏せ…か。
 目配せすればアルも頷いて、茶番はここまでのようだ。
「何だって危険を冒すんだ?」
「命知らずにもほどがあるぞ!」
 意外と「ならず者」も血が通っているじゃないか。
 ここには本当に危険な人間と、小悪党が混ざっているらしい。
 そして小悪党は分をわきまえている。
 「本物」には決して深入りせず見て見ぬふりをする。
 狭い世界の中で、身を護るためにきっちり住み分けているのだ。
 この酒場は暗黒と宵闇の境目なのだろう。
 宵闇に留まっている間は彼らの安全も保たれるのかもしれない。
「今夜の礼に一つだけ良い事を教えよう。カードには必ず必勝法があるんだ。まずはディーラーに気を付けることだ」
「そういう事!じゃあ、おやすみなさい」
 カウンターに金貨を数枚置いて軽快な足取りで店を出る。
 背後では悔しげな彼らの声が響き渡っていた。



 暗闇に一歩踏み出せば、そこは既に鋭利な牙と研ぎ澄まされた爪を隠し持つ、獰猛な獣の縄張りのようだった。
 空気が異様なほど張りつめている。
 先ほど店から出ていった者たちの殺気が辺りを取り囲んでいる。
「…命知らずっていうけど、この程度なら慣れたものだね」
「本物の戦場ほどではないな。だが本気のようだぞ」
「5・6人てところかな」
「ああ。問題ない」
「ご登場願おうか」
「そうしよう」
 互いに背中合わせになって身構える。
 通常なら接近戦より剣を使ってある程度の距離を保てる戦い方を選ぶのだが、今回ばかりは仕方ない。
 戦闘態勢に入る私たちをいくつかの殺気が距離を縮めて囲んだ。
 闇に隠れて顔がよく見えない。
 相手は読み通り、6人。
 息をひそめた野獣のように研ぎ澄まされた神経が突き刺さる。
「なかなかの腕前を持っているようだと褒めたいが…少々荒々しいな」
「殺気は上手に隠さないと、自分から名乗り出てるのと同じことになる。おかげで僕たちの手間が省けたけどね」
「お前たちは侯爵の手の者か?男爵の手の者か?答えろ!」
 冷たい空気だけが漂う夜に、私の声が響き渡る。
 ざり、という地面の擦れる音が微かに木霊して、さらに相手との距離が縮まったのを知る。
「彼らに忠誠を誓っているのか?」
「ふん」
 静かに問えば、彼らの一人が小さく嘲笑する。
「そんなものがあると思うか?俺たちに主など必要ない」
「ならば何故私たちを待ち伏せた?」
「侯爵たちなどどうでもいいが、そこから足がついても困る。悪いがここで死んでもらう」
「…頭悪いね」
「何…?」
「酒場にいたなら聞いてたんじゃないの?甘く見たら痛い目見るって、言ったよね?」
「武器も持たないお前らに勝ち目はない」
「どうかな」
「黙れ…ッ」
 一人が踏み出したのと同時に一斉に影が動き出して飛び掛かってくる。
 その腕や脚を一つずつ止めながら受け流し、捻り返して押さえつけながら次の攻撃を受け止めて、一人目の上に重ねながら三人目の気配を探る。
 背後ではアルが三人を束にして押さえつけていた。
 おかしい。
 悟った瞬間微かに向けられた殺気を辿れば、その先に小さな火が見えた。
「危ない!!」
 抑えた5人が立ち上がらないよう、同時に彼らの喉元めがけて蹴りを入れ、地面に伏せると同時にアルが駆け出し銃を向けている男の手元を蹴り上げた。
 鈍い断末魔と銃声が夜空に突き抜ける。
 独学の攻撃などとるにならない。
「言っただろう?お前たちは荒々しい上に雑なんだ。力のない女性や暢気なタヌキ親父は殺せても、我々を殺すことは出来ない」
 咳き込みながら倒れこむ彼らを、密かに包囲していた衛兵たちが縛り上げて連行していく。
 パンパンと手や服に付いた砂埃を叩けば、白い煙のように舞い上がった。
 ひとまず成功、か。
「待て、一つだけ今答えろ」
 連行されていく彼らに問いかける。
 これだけはどうしても今聞いておかなければならない。
 彼らの証言を待っていては真実が遠ざかってしまう。
「アウシュタイナー伯爵を殺したのは誰だ?」
「…俺たちじゃない」
「嘘は身を滅ぼすだけだぞ」
「本当だ。殺してない。だが…伯爵が殺された夜、彼に会っていた人物なら知っている」
「誰だ?」
「蛇に狐、と言えば分かるだろう」
「!?」
「奴らが何を狙っているかは知らない。ただ背後に烏がいる事だけは覚えておくんだな」
 吐き捨てるような相手の言葉に、どくんと心臓が跳ねた。
 アルの顔色も瞬時に変わる。
 彼の言葉の意味はすぐに分かった。
 蛇に狐はアウラー男爵家の家紋。
 そして「烏」は…。
「モーリッツ伯爵が絡んでるというのか…!?」
「この事件、ただじゃ終わらないね。どうする、ディー。筆頭公爵に話したところで君の命がなくなるかも」
「ここまで来て諦められるか…ッ」
 ぎりぎりと込み上げる怒りと悔しさを握りしめ、月明かりに映し出された影を睨み付ける。
 そうして耳に届いてきたアルのため息が、やたらと鮮明に記憶に刻まれるのだった。






 続く
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