伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.27 (ディー視点)前編



 まるで幼い少女のようにはしゃぐエルを見たのは初めてだった。
 小さな歩幅で廊下を行ったり来たり、緩やかな螺旋階段を上がりながら部屋をあちこち見て回ったり、仕草はきちんと躾られた令嬢の上品さが漂うものだけれど、浮足立って瞳を輝かせながら屋敷中を歩き回る姿は幼い子供が探検に夢中になるのと似ていた。
 アウシュタイナー家に仕えて数十年のクラウスとゲルタはそんなエルを微笑ましく眺め、私とアルにお茶と菓子を用意しながらもてなしてくれる。
「よかったね」
 落ち着いた様子でアルはカップに口をつけながら言った。
 実を言えばそれもこれもアルのおかげだ。
 どこから聞きつけてくるのか分からないが、アルはいち早くクラウスとゲルタの話を耳にし、すぐに二人をアウシュタイナーの屋敷に連れ戻した方がいいと助言してくれた。
 そして当人たちも他家へ行くつもりはないと断言し、二つ返事で戻ってくれたことも幸いだったのだ。
「全てアルやクラウスたちのおかげでこうしてエルの喜ぶ顔が見られた」
「いいんだよ。エルフリーデ嬢が嬉しそうだとね、イリーネがとても幸せそうなんだ。僕にはそれが嬉しい」
「エルの周りには笑顔や幸せが引き寄せられるようだ」
「素敵な女性と巡り合えたね、ディー」
「ああ」
 頷けば向かい側で給仕してくれていたクラウスたちも嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「旦那様はいつもお嬢様に、自分の事は自分でやれる人間になるべきだとおっしゃっていました。領民から得られた地代などは領民にこそ還元されるべきだとお考えで、お屋敷に勤める人数は最低限でいいともおっしゃっていたんです。自然とお嬢様はご自分の事はご自分でおやりになる習慣がついていらっしゃいましたし、幼い頃から他家のご令嬢と違って私たち使用人をとても大切にしてくださっていました。旦那様や奥様の深い愛情をよくご理解なさっていましたから」
 ゲルタが自慢げに言うと
「つまりは私たちにとって自慢のお嬢様なのでございます」
 とクラウスは誇らしげに告げた。
 その姿はブルクハルトと重なる。
 彼もまた若い頃から祖父に仕え、父に仕え、そして私に代替わりした今でも変わらぬ忠誠心でバウムガルト家に仕えてくれている。
 以前どうしてなのかと問うたことがあったが、帰ってきた答えは先のクラウスの答えとよく似ていた。
 私はどうやら彼にとって「自慢のおぼっちゃま」だそうだ。
 今でもそう思われている節があり、彼の前ではいつまでも「おぼっちゃま」になってしまっている気もするが、少しは「自慢の旦那様」になれているだろうか。
 いずれにせよ、私もエルも彼らのように惜しみない愛情を注いでくれる人たちがいたから、ここまで来られたのだ。
 エルがずっと彼らを心配し、恋しがるのは当然だった。
「これからもどうかエルのために力を貸してくれ」
「「もちろんでございます」」
 二人に請えば、ぴたりと揃った答えが返ってきたのだった。




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