伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.28(ディー視点)



 薔薇が咲き乱れる庭園の奥、深緑色の木々が涼しげな影を作っている屋敷の裏手に目的の庭師小屋はあった。
 小屋というには少々大きめで、一見すると小さなログハウスのように見える。
 そこはアウシュタイナー伯爵が「見事な薔薇を咲かせてくれるお礼に」と、20歳になったハインツに与えた住居兼仕事場なのだそうだ。
 中は木の温もりが直に感じられる素朴な作りで、家具や食器が整頓されたまま残されている。
 庭仕事に使われる道具は全て丁寧に手入れされていて、どれも愛着を持って大切に使われてきた事がよく分かるものばかりだ。
 ハインツは立派な職人だ。
 庭師という仕事に自分が持てる精一杯の情熱を傾けていた。
 その事が手に取るように伝わってくる。
 だからこそ疑問が湧いた。
 なぜ大切な道具を置いて屋敷を出ていったのか。
 自らの意志で残していったのか、それとも。
 そんな風に考え始めていると
「多分ここじゃないかしら…」
 呟いたエルはベッドに敷かれたマットや毛布を全て降ろし、さらに底板として張られていた木材もいくつかのネジを器用に外して取り払ってしまった。
 まさか彼女がそんな行動に出るとは予測がつかず、アルもクラウスも、そして私も面喰ったのだが、エルはさらに枠だけになった備え付けベッドの木枠の中へ入り込み、なにやら金具をいくつか取り去ると、底板よりも厚い板を何枚か外した。
「何をしているんだ?」
「宝探しです」
 木枠の中から顔を出して返事をしたと思った瞬間
「!?」
 ひょい、とエルの姿が消えた。
 慌てて駆け寄り中を覗き込んでみれば、そこにはエルが腰をかがめてぎりぎり入れるくらいの薄暗い空間が出来ている。
「エル!」
「大丈夫です…あ、あったわ。これね」
 奥の方からなにやらがさごそという音がして、エルの嬉々とした声がした。
 何かを見つけたらしい。
 心配しながら彼女が出てくるのを待っていると、すぐに満面の笑みを浮かべたエルがひょっこり顔を出した。
「ああ、埃がついている」
 髪についた埃を手で払うと
「ありがとうございます」
 なんてエルは本当に嬉しそうに笑みを深めた。
 コホン。
 思わず見惚れてしまったじゃないか。
 二人きりの時ならキスの一つ…や二つ、もらっておくことも出来たのだが、アルとクラウスの手前我慢しよう。
 理性を記録的な速さで取り戻すため、咳払いをして彼女の手を取り、ベッドの床下から脱出させる。
 ドレスの裾をぱっと払って整えたエルは、片腕で大事そうに抱えた木箱を床に置いた。
 蓋を外せば中から几帳面な文字で一寸の狂いなく羅列されたメモや書類の類が目に入る。
 中には小さな手帳も保管されていた。
「間違いないね、アウシュタイナー伯が残した証拠類だ。ハインツは伯爵にこれを託されてたんだ」
「絶対の信頼を寄せられたハインツが伯爵を裏切るはずはない」
 その結論にエルが安堵の息を吐く。
 小さな肩がゆっくり力を抜くのを見てから、そっと手を置いて抱き寄せた。
 けれどすぐにエルは険しい表情を浮かべてこちらを見上げる。
「私たちの推測が正しかったのなら、どうしてハインツは姿を消したのかしら」
 それは当然の疑問だった。
 伯爵に託されたこの証拠類を残してハインツが消えた理由。
 結果的に伯爵の命を奪われ罪悪感を覚えたとしても、これを残して自ら姿を消すのは無責任だ。
 そして伯爵からもエルからも信頼されている彼が、全てを放り出して逃げ出したとは考えにくいだろう。
 ましてや彼がエルを愛しているとしたら、彼女を残して姿を消すとは思えない。
 アウラー男爵の魔の手がすぐそこまで迫っていると分かっているなら尚更、エルを護るために側にいるのではないだろうか。
 …つまりそれが、不可能だったという事か…?
 ハインツはどこにいる?
 大切なものを守り、伯爵から受けた恩や愛情に報いるために彼がどんな行動をとるか。
 考えられるのは二つ。
 自ら敵地へ乗り込んだか、捕えられたか。
 アウラー男爵たちがハインツに手を下していれば、彼の遺体がどこかで見つかっているはずだ。
 それだけの時間が経っている。
 ところが未だ彼の遺体はおろか消息も不明となると、どこかに監禁されていると考える方がいいか。
 いずれにせよ彼に命の危険が迫っていることは確かだ。
「まずいな。アル、一つ頼みがある」
「何?」
「この証拠類を持ってすぐ城に向かって欲しい」
「分かった。君はどうする?」
「アウラー男爵と直接対決だ」
「!?」
 告げた途端エルの身体が硬直した。
 丸く透き通った瞳が不安げに揺れる。
「大丈夫、ここにいる衛兵たちを連れて行く。もしかするとハインツを助けられるかもしれない」
「助ける…?ハインツはどこに?」
「それを知っている人物に直接聞くことにするよ」
 そう言って彼女の額に短いキスを落とせば
「私も行きます!」
 必死に訴える彼女の視線が私を射ぬいていた。
 やはり、か。
 ここまで来たのに置いていくと言ったらエルはどんな顔をするだろう。
 落ち込むだろうか。
 それとも怒る?
 本当はどんな危険も遠ざけたい。
 が…。
「一緒に行こう」
 私は彼女の手を取った。
 もちろん、何があっても側にいる事を約束させて。






 続く
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