伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.33(ディー視点) 前編



 アウシュタイナーの屋敷から戻って早々、ブルクハルトやゼルダの様子がおかしかった。
 妙に浮足立っているというか、そわそわして落ち着かない、いや、彼らの事だから至極冷静にいつも通り完璧に仕事をこなしてくれていたが…やはり何かが違っていた。
 その上エルもどうしてだか常にこちらの一挙手一投足にびくりと反応するし、婚約披露の席で着るドレスはこちらで準備済みだと伝えてあるのに、やっぱり今持っているドレスのどれかでいいと言い出すし、もうすぐそのドレスが届くはずだと言えば、真っ赤な顔をして何かに観念したかのように大きなため息をつきながらふらふらと部屋へ戻って行き、ソファにぐったり項垂れていたこともある。
 もちろんドレスについて改めて提案してきたのは、我が儘とは全く様子が違っていた。
 恐々、と言った様子で「あのぅ」と蚊の鳴くような声で切り出されたそれは、どちらかと言えば懇願とか哀願とか、そういった類のものだ。
 いつだって私の贈ったドレスを喜んで着てくれるエルが、どうして今になってドレスの変更を願うのか。
 そして同時期になぜ私の書斎に、自分で揃えた記憶のない…いわば「夜のマニュアル」本がこっそり置かれていたのか。
 まあ後々必要になるかもしれないと思ったから目を通しはしたが、あんなことをして本当にエルは喜んでくれるのだろうか。
 むしろ怖がって嫌がって、最悪の場合私を嫌いになりはしないか。
 不安が募る内容が満載だったが、それはエルの反応を見ながら試していけばいい事。
 疑問と不安が交互によぎることばかり重なっていたわけだが、こうしてエルをベッドに横たわらせ、小さな手を握りながらキスをして何となく、点と点が繋がってきた。
 エルの手はいつになくぎゅっと私の手を握り返している。
 頬に浮かんでいるのは恐らく羞恥心だろう。
 縋るような思いで、私を頼っている。
 どうすればいいか分からない程パニックを起こしかけているだろうに、私の頑なな理性をあっけなく決壊させてくれた。
 想像はあくまでも想像に過ぎず、実際何が起ころうとしているのか分からないはずだ。
 ただ恥ずかしさだけが先行して固く目を閉じている。
 そんな彼女の髪を、そっと撫でた。
 ようやく潤んだ瞳が開(ひら)いた。
「ドレスを脱がせてもらうよう、誰かに言われた?」
「…はい。ゲルタが教えてくれたんです。ディー様の願いを叶えて差し上げるために、って」
「私の、願い?」
「はい。あの、本当に、叶いますか?私、ディー様に助けていただいてばかりだから、私に出来るなら、せめてディー様のお願い事を叶えてさしあげたくて」
 相変わらず羞恥で染まった頬を上気させながら、エルは懸命に訴えてくる。
 ああゲルタ、あなたは素晴らしいメイドだけれど、何て罪深い人なんだ。
 大切に育ててきたお嬢様の純情を逆手に取るなんて。
 いや、私はとっても嬉しいが。
 その心遣いに感謝します。
 と、心の中でひとりごちていると、不安げな瞳がこちらを見つめている。
 反則だろう、そんな顔。
 だから抗議の意味も込めて、柔らかい瞼に口付ける。
 頬骨に、唇の端に、そして首筋に。
 口づけを順に落としていけば、エルはくすぐったそうに身を捩った。
 緊張のせいか、それとも羞恥のせいか、はたまた不安や恐怖のせいか。
 白い肌は微かに震えていた。
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