deep forest -深い森-
「オマエの名は?何と言う?」
園生は、くちづけた梨乃の右手を強く引いて、彼女をぐいと抱き寄せた。
「…!」
「オレの身分は証したぞ。次は姫の正体を証してもらおうか。オマエはどこの姫君だ?」
「……」
見つめられて…梨乃は、つい…と、園生から視線をそらせた。
深見の人間であるなら、自分の名前を聞けば『伽羅(キャラ)』の女だと言う事に気付くかもしれない。
自分は一生男の慰みモノになるしかないのだ。目の前の、いつか上客になるかも知れない男と、縁をつないでおいた方が良い。
そう、思いつつ。梨乃は、自分の名前が名乗れなかった。
この綺麗な男から、欲望や侮蔑の視線を受けるのが嫌だった。
何故嫌なのか…と、問われても、それは梨乃本人にも解らない。
かすかに心が震える、何かのせいとしか言いようがない。
「身分を語れないほど高貴な生まれか。明治の混乱の中、成り上がってきた深見とは格が違うようだな」
悪びれる様子もなく、園生。
「だが…一夜の恋に名前も格式もいらぬだろう。たまに遅れても来るものだな。思わぬ拾いモノをした」
「…きゃ…!」
園生は、いきなり梨乃を抱き上げた。華奢な梨乃は驚く程軽い。