不滅の妖怪を御存じ?
『現場の北条です。現在の香川県荘内半島沿岸部の海上の様子です』
けたたましいヘリの音と共に、テレビ画面が一瞬で青に染まった。
荘内半島。
まずい。
桜の背筋に寒気が走る。
『本日午前9時20分頃から観測された海面の上昇。瀬戸内海海上で直径約1キロ、高さ5メートルほどの海水の隆起が見られ、そこから海水が流れ出ているようです。この突然の湧水、海底でなんらかの現象が起きたものと考えられますが、はっきりとした原因は未だ不明です』
カメラが海上をクローズアップする。
大きな水の円形が見え、下から水がどぶどぶと湧き上がってきている。
地下の湧き水だなんていうものではなく、ダムの水が一気に噴き出しているようだ。
桜は思わず身を乗り出してテレビ画面を見つめる。
竜宮城まで動き出した。
最悪だ。
日本近郊の海全域にまたがる城を持つ海の怪のトップ、竜王と乙姫。
彼らは大人しく普通は人とは関わらない。
むしろ、不用意に人にちょっかいをかける他の海の妖怪に罰を加え、妖怪の存在を人に知られるのを嫌う。
妖力は妖怪の中でもトップレベルだが、滅多に力を使わない。
『沿岸部にお住いの方は避難の準備を……』
だが、一度だけ。
なんの気まぐれか、竜宮乙姫が人と関わり、伝承として残されることを許した。
浦島太郎の竜宮伝説。
荘内半島で起きたと伝えられる。
桜はスーッと血が抜けるような気がした。
このタイミング。
これはつまり、竜宮城が、九木側に付いたということか。
最悪だ。
桜のその一言は音にならずに空気に溶けた。