教師Aの授業記録
その言葉に、田中は目に見えて「うっ」と詰まった。
山下は少しも表情を動かさずに視線も動かさなかった。
「…もしかして、あの人のことがお好きなんですか?」
田中はぞわっと全身に寒気が走るのを感じた。
「ば、バカなことを言うな!」
とんでもないことを言う奴だ、と恐ろしげに感じた。
「…お前だって、いつもいつもここに来てるじゃねーか!
ほとんど影みたいに居て、何もしゃべらないくせに!」
「だからこれは仕様ですから」
しれっと答える。
思えば何があっても、最初から一貫してこのどこか冷めた調子は崩れない。
きっとどんなクレームにも表情ひとつ変えずに「仕様ですから」と応対できるコンサルタントになれそうだ。
「はん。ここに来ることだって仕様だっていうのかよ?」
「…それは違いますね」
変わらない淡々とした調子で山下は返す。
「前にも言った通り、私にはその責任と義務があるから…」
「前にも聞いたが、さっぱり意味が分かんねぇ…」
田中は首を捻ることしか出来なかった。
「大した意味などありませんよ」
山下はDNAの図をしきりに指でなぞりながら淡々と言った。
「――あれは私の兄なんです。
だからあの人の行動の責任は私にあります。
…ただ、それだけのことです」