幻影都市の亡霊
「忘れるんじゃない。心にしまってずっととっておきましょう。その人との楽しかった思い出を――。辛い思い出も、覚えていることは良い事だわ。だけど、辛い思い出でその人との楽しかった思い出を隠してしまうのは良くない。それとも貴方の親友は、そんなことを貴方がずっと自分の死で思い悩むことを望んだかしら?」

 ウィンレオの紫の瞳が大きく見開かれた。その瞳にみるみる涙が満ち、

「違う……彼は言った、大丈夫だと……ずっと側にいる、と……笑いながら逝ってしまった」

 ユアファはその情景を思い浮かべ、こみ上げる涙でほとんど景色は歪んでいた。

「そう、笑顔で。そしたら貴方も笑顔で応えなくちゃ。ずっと近くにいるんでしょ?」

 その言葉を聞いた瞬間、ウィンレオは声を上げて泣き出した。子供のように、無邪気に泣きじゃくる男は、すまない、ありがとう――と、謝罪と感謝の言葉を繰り返した。そんな強い男の弱さが愛らしくて、思わずに微笑ましい思いがしたユアファだった。だからその翌日、自分よりも早く起き出して、晴れ晴れとした穏やかな笑みを浮かべて自分を向かえたウィンレオを見たとき、はっとする想いがしたものだ。胸の高鳴りさえ感じた。

「随分、すっきりしたわね、良かった」

 ウィンレオは笑顔で頷き、

「貴女のお陰だ。貴女のお陰で、俺はあいつとの思い出を悲しみで曇らせずに済んだ。本当に有難う――」

 ユアファは晴れやかな笑顔で、応えた。

「どういたしまして、王様」

 それに、ウィンレオはどこか困ったように、そして照れたようにこう言った。

「もうしばらく、ここにお世話になってもいいか?」
「え?」

 ユアファはウィンレオを見た。その紫の瞳は、ほとんど初めて自分を映していた。

「今度は、俺は貴女を見てみたくなった。初めて、俺にぶつかってきてくれた人――」

 ユアファは笑って、

「あたし、強い男は大好きなの。だけど、昨日まで弱々しかった貴方はどれだけあたしの眼鏡にかなうのでしょうかね?」

 だが、ウィンレオは不敵に笑って、

「ユアファ、そう呼んでいいかな?」
「もちろん、ウィンレオ」

 そこで二人は、秘密を共有した子供のような顔で、笑いあった。
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