彼氏が犬になりまして



「えー、じゃない。コントロール出来るようになったら、ほっぺにちゅうしてあげてもいいわよ?」

「おっし、がんばる!」

「ヘンタイ」

「なんで?!」

 それから更に特訓に励みに励んで、なんとか人の姿を維持できるようになった。

「うー、疲れる……」

「ふふ、お疲れさま。頑張ったね」

「うん……」

「ん?」

 優輝はチラチラと、横目にアタシを見ては何か言いたげにしている。耳が赤い。

 ーーちゅうして欲しいなら、言えばいいのに。

 普段は好きだの愛してるだの、惜しげも恥ずかしげもなく言うくせに、自分が何かして欲しいときはやたら照れるのだ。オトコラシクナイ。

 ーーまぁ、今日は頑張ったしね。

「ねぇ?優輝?」

「え?」

 ーーちゅっ。

「あ」

「……あ」

 ちゅうした途端、ひょこっと犬耳と尻尾が生えてしまった。後ろでぶんぶんと尻尾が左右に振られている。

「……優輝、犬化してる」

「へっ?だ、だだ、だって!平常心とかムリだって!」

「んー、まぁ、二人っきりの時はいっか」

「お、おう!二人の時はいいよな!」

 優輝は顔を真っ赤にしたまま、うんうんと頷き続けている。尻尾も振ったままだ。

「ふふ、そんなにちゅうが嬉しいの?」

「そ、そりゃ……美希にちゅうされんのは嬉しい、けど……」

「けど?」

「…………照れる」

 もごもごと呟いて、真っ赤な顔を背けてしまう。

 ーー別に、アタシだって照れない訳じゃないんだけど……。

 コウイウコトは、優輝からは絶対にしてくれないのだ。アタシからした時は喜んでくれるから、嫌なわけではないと思うのだが、照れてるんだか遠慮してるんだか……。

「男の子の方からしてくれればいいのになぁ」

 腕を組んで、身体ごとそっぽを向いてみる。横目に優輝を見ると、ますます顔を真っ赤にしておろおろしている。

「え、と……その、えー……」

 しばらくおろおろして、一つ深呼吸した後、ビシッと背筋を伸ばしてアタシの方に向き直った。

「む、向こうむいてて……」

「うん」

 言われたとおり、優輝の方に頬を向けてじっとしておく。

 ーーちゅっ……


 頬に、温かくて柔らかい感触が一瞬だけ触れて離れていった。
 どくんっと、自分の心臓が大きく跳ねたのが分かる。顔が熱い……。
 優輝の方に向き直ると、もじもじと上目遣いでアタシの反応を伺っている。アタシより頭一つ分背が高いくせに上目遣いとは器用なもんだ。

「ふふ、嬉しい。ありがと」

 言うと、嬉しそうにはにかんで照れくさそうに頭を掻いた。このはにかんだ顔がアタシは好きだ。アタシまで自然と笑みがこぼれてしまう。

「その顔好き」

「へ?」

「美希の笑った顔、オレすごい好き」

 ほら、こういうことは真っ直ぐに言えちゃうのだ。顔が熱いったらない。


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