恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~



「F市か。遠いな」

「電車で2時間くらいですね。通うには厳しい距離なんで、実家に戻ることになると思います」

「実家…戻って仕事になる? 」


藤井さんの言葉に、私はまた頭を抱えた。


そうなのだ。
5年前より、母の精神状態はぐんと悪い。お酒を飲まない日はないだろう。


その状態の母を一人放置している現状を、打破できる。
一緒に暮らせるようになるのだから、この異動は喜ぶべきことなのだが…自信がない。


毎日忙しく仕事をこなす中で、一緒に暮らす母がずっと変わらなければ
私が、母を疎ましく思ってしまうことを、止められなくなりそうで。


「一度、医者に見せるべきだろ 」

「…精神科ですよね」


事も無げに言ってくれる、と逆恨みしたくなるが、ずっと考えてはいることだった。


しかし、本人が納得しない気がする。
誰だって嫌なはずだ、娘に精神科を勧められるなんて。


腹の底から、これでもかというくらい息を吐き出してテーブルに突っ伏した。
その上から、後頭部をぽんぽんと叩く大きな掌に少し心が凪いだ。


「異動の話は追々考えて、一度母の様子をまた見に行くことにします」

「もし異動になったら、バームクーヘン買いに行けなくなるな」


敢えて逸らしてくれた会話が、少し捻た藤井さんの優しさの在り方みたいで、伏せたままのテーブルの上、つい笑いが溢れた。


「私がいなくてもバームクーヘンは売ってますよ」

「仕事の合間ってわけにはいかなくなるけど、ドライブもいいかな」



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