恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
悔しくて、唇を噛み締めた。
お父さんが助けてくれたことには違いないのに、母を置いてったくせに、という気持ちが怒りになって湧いてくる。


「病院まで付き添ってくれて、ありがと。でもあとは私が見るから」

「いや…俺が帰ろうと思ってる。また一緒に暮らそうって、ずっと前から説得してたんだ」

「…は?」


信じられない言葉を聞いた。
どの口が何言ってるの、置いてったくせに。


振り向いた私の目は、きつく眉根を寄せていただろう。


「俺は、今なら少し時間も作れるし、仕事があるから四六時中ってわけにはいかにが、昔よりずっと母さんについててやれるから…」

「…ふざけないでよ!」


声は、できる限り抑えた。
だけど静かな病室には深く低く響く。


「女作って出てったくせに!今更お母さんが承知するわけない!お父さんがいなくなってから、私が、お母さんがどんだけ…!」


目を見開いた父の後ろの扉が開いてスーツ姿が見えたけれど、私の焦点はそこにはなくて。

「…わ、わたしが…あ…」

気が動転して、呂律がまわらなくて。
息がどんどん上がるのがわかる。


そして、ぐらりと視界が揺れた。
だめだ、貧血…


すっと指先が冷えるような感覚が私を黙らせた。


――― 瓶詰めにされたみたいだ。


歪む視界と、遠くにしか聞こえない二人の声がそう思わせる。
手を掴まれた感触と、藤井さんの顔が目の前で漸くクリアに見えて。



暗転し、ぷつりと途切れた。


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