恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
「笹倉、車どこに停めたの?」

「この先のコインパーキングに停めたよ、笹倉さん」

「む」



私を「笹倉さん」と呼んだ彼の言いたいことはわかってる。
こういうのは、慣れだ。



「…瑛人」

「美里」

「暫く練習しよう。車に着くまで」



ははっ、と彼が短く、けれど可笑しそうに笑う。



「練習するようなことかよ。美里」

「うるさいな。瑛人、あきと、あーきーとー」

「……あ。俺、今何気に気づいた」

「何?」



風が一際強く吹いて、私達は同時に肩を竦めて身を寄せた。



「お前が瑛人って呼ぶの、今のが初めてだわ」



見上げると、その横顔は嬉しそうで。
寒さで少し、鼻の頭が赤い。



「……そうだっけ?」

「そうだよ」



そういえば、そうかも。
巫山戯て「パパ」と呼んだことはあったけど。



「よし。選ばせてあげる。アナタ、瑛人、パパのどれがいい?」

「アナタはいらん」



照れ隠しに、こんな馬鹿みたいな会話を繰り広げながら、少しずつ実感として胸に浸透する。



「今日が結婚記念日だねぇ、瑛人」



こうやって、二人ならんで市役所から続く道を


名前を呼ぶ練習をしながら歩いた、囁かな時間。


きっと毎年想い出しては来年へと記憶を繋ぐ。


そう、できる気がした。

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