恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
途端、感じた湿度の高さと、掠れた声で短く息を吐く音。


分娩台の上で、長い髪を横で一つにまとめた彼女が横たわっている。
美里の足の間から、女性の医師が声をかけた。



「笹倉さん、旦那さんきはったよー」



のんびりして場にそぐわないような声に、ゆっくりと顔を此方に向けた。
降りた前髪の隙間から。



「遅い」



ぎろりと睨まれた。
見たこともない目つきの悪さで。



「悪い。恵美ちゃんが気付いてくれて、すぐ来たんだけど」



怯んでる場合じゃなく、彼女の顔の真横まで近づいた。
見れば、汗で濡れて顔周りの髪が頬やら額やらに張り付いていた。



「…ごめん、八つ当たり。あー……もう疲れた…」



そう言うと、今度は頼りなげに目を伏せた。



「笹倉さん、まだもう少しかかりそうですね。途中の狭いところから中々降りて来ないわ」



彼女が手に握っていたタオルで、汗を拭っていると医師がそんな呑気なことを言う。
既に憔悴しきっているように見えるのに…こんなんで保つのかと不安になった。



「まじで…も、しんどいんだけど………あ、きた。やだやだ、やだっ……痛い痛いいたいぃいっ…ぁあああああっ!」



話している途中で陣痛の波が来たようで、咄嗟に手を握れば爪が食い込むほどに握り返された。


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