オクターブ ~縮まるキョリ~


私の頭は一気に混乱に陥る。


永山くんが私の下の名前を呼び捨てにしたと思ったら、今度は春瀬くんが私のことを「詩帆」って呼んでいたって?

本当に?

さっきは「樫原」って呼んでいたのに?

どうして?


「…だから、春瀬と樫原は付き合ってんのかなって思った」


私の混乱をよそに、永山くんはそう説明を付け加える。
永山くんの呼び方は「詩帆」から「樫原」に戻っていた。
いや、そもそも永山くんは私のことを「詩帆」と呼んだのではなくて、単に事態を説明する為に、そう言っていただけなのだけれど。

下の名前を呼び捨てにすることで、永山くんが私に近付いてきてくれた。
そう思ったけれど、けしてそうではなかった。
永山くんに特別な感情を抱いていたわけではないけれど、なんだか距離を置かれたような気がして、正直寂しくなった。


そして、寂しくなったと同時に、また不思議なときめきが心に浮かび上がってきた。
春瀬くんが、私のことを名前で呼んでいたという話に。
本当かどうかは分からないけど、永山くんはこんなしょうもない嘘はつかないと思う。


それに確かに、保健室で目が覚める直前に、名前を呼ばれたような気がしたから。
名前を呼ばれて、それで目が覚めたような気がしたから。

だからきっと、本当に春瀬くんが、私のことを「詩帆」と呼んだのだろう。


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