オクターブ ~縮まるキョリ~
列が前に進み、春瀬くんが走る番になる。
横の3人と並んで、オリンピック選手みたいにクラウチングスタートの体勢になる。
広げた両手の、指先を地面につけて。
ひざを曲げて、腰を浮かせて、前傾姿勢に。
視線は、数メートル先の大地に。
集中した表情がのぞく。
パンッ、とマネージャーが手を叩く。
瞬間、スパイクが地を掻き、風が生まれる。
春瀬くんは周りを引き離し、前の列にぐんぐん迫っていく。
一人だけ本当に、弾丸のような速さだった。
「……すごい。」
地区大会で入賞するレベルの人の、全力疾走。
初めて間近で見て、圧倒されてしまった。
本当に、驚いてしまう走りだった。
「おー、一輝やっぱ速いねー。」
「だねー、ダントツじゃん!」
女子同士の話し声が聞こえて振り向くと、そこには明日歌とクラスメイトの姿があった。
「あ……。」
明日歌と目が合う。
一瞬気まずい心持ちになるが、クラスメイトの子がさっさと歩きだすのを見て、明日歌は私に「じゃあね」と軽く言ってくれた。