君のところへあと少し。
(その12)奏と日和

1

ハルの店に長居すると、よく見かけるショートカットの女の子がいる。

どうやら、喫茶店に出入りしている業者らしい。

「ハ〜ル〜ちゃんっ。」

お腹もいっぱいだし、コーヒーも飲んだし。
でも仕事まではまだまだ時間があるし。

「暇っ!暇ヒマひまヒマ暇ー!何かやることない?」

俺お得意の駄々捏ね大作戦。
ハルは5歳も年上だけど、姉ちゃんというよりは妹って感じ。

「えー、奏って洗い物とか出来ないじゃん。手を怪我したら大変だし。」

…。

俺の仕事。
手が命。というか、手が使えなかったら仕事にならない。

なぜなら、バイオリニストだから。


「じゃあさ、1曲弾いていい?」

「あ、それいいね!でもクラシックだと店の雰囲気と合わないし…何かアレンジしてよ!」


にっこにこでハードル上げやがって。


「じゃあさ、みんな知ってる“隣のトトロ"の散歩。」

カウンターに置いていた愛器を取り出し、構える。


こう見えてもイケメンバイオリニストとか言われて取材を受けたりもしてる。

あの、ショートカットの子。
聞いてくれるかな。








リクエストされたものを含めたら6曲。

無料でやるなんて最近ではないから、かなりいい練習になったかも。


「こうやってバイオリン持ってると奏はちゃんとバイオリニストなんだなーって思うな〜。ナリの筋肉バカと違って。」


「誰が筋肉バカだ、誰が。」

カランコロンとドアベルを鳴らし、1人のガタイのデカイ男がやってきた。

「あ、ナリ、いらっしゃい。」
「同じ口で言うなよ、ハル。」

バイオリンをケースに仕舞い、カウンター席に座る。

「ハルー、ご褒美にココア!」
「うん、待ってね。ナリは?」
「コーヒーと…なんか甘いもの。」

ハルははいはい、と言いながら仕度をはじめる。

「音がしてたから、お前だとは思ったけど、ああやってるといっぱしの音楽家だな。」
「うるせえよ。れっきとした音楽家だ。」



そんな会話をしていたら。

「あの…」

後ろから声を掛けられた。


< 44 / 64 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop