LAST SEX
二章
二章

鏡の前で自分の顔を確認する。何度見ても変わるわけではない。笑顔は苦手だし自分の顔は嫌いだ。だけれども、精一杯口角をあげてみる。

(自分キモい)

鏡の中の自分と視線を逸らしたその先には、ネオンがきらめいていた。高級ホテルの最上階にあるレストルームからの窓は、それだけで、外の世界と格差をつけてきっちり分け隔ててた。そこから、都会のネオンをみると「宝石箱をひっくり返したみたい」とか、ベタな表現が昔流行った事を必ず思い出す。
『私』は一度もネオンが綺麗だ思ったことはなかった。
ネオンがあるところには、人が集まる。それは、 暗い山道にポツンとある自動販売機に虫が集まってくる様と、然程代わりがないように思えて仕方がないのだ。なのに、人間はそうやって集まってくる虫をおおいに嫌う。ある意味、同族嫌悪なのだろう。
人工的な輝きを非難したり否定はしてない。ただ、きらびやかであればあるほど、この光の下ではどんな人間が集まって、そこにはどんな物語があるのだろうかと考えるのだった。

空の上に立っているような気分にさせらる窓に、濃紺のマーメイドスカートに、胸元にフリルがあしらわれたシルクのシャツを着た女が映り込んだ。『私』の背中を通りすぎる。後に高級な香りが追いかけていた。

「パーティーに行く人だな」

『私』はここに居る目的を思い出した。もう一度、異世界のようにも見えるネオンを見据える。深呼吸をして、もう一度鏡で自分の顔を確認する。なにが起こるのか、なにもおこらないのか。期待はぜずと、自分に言い聞かせ、会場に向かった。


最上階のホテルバーが会場だった。モダンな作りの入り口には、蒼い薔薇の花がその存在感を放っている。

「ブルーローズの方でいらっしゃいますね。受付はこちらになっております」

よく教育されたホテルマンの動きはしなやかである。『私』はジャケットを預け自分の名前を告げた。ホテルマンは、受付に確認をすると、『私』をテーブルまで案内する。
受付から、メインホールの間には大きな水槽があって、熱帯魚たちがヒラヒラと優雅に戯れていた。その、熱帯魚達を左肩に通り過ぎると、すでに二十名ほどの男女が集まっていた。男は皆上等なスーツを着込んでいる。女達も負けず、上等でかつ上品な衣服に身を包んでいた。髪も化粧も完璧だった。

(私ってば、超場違いじゃん)

『私』も一応自分なりに精一杯をやってきたつもりだが、やっぱりレベル差を感じずにはいられなかった。
ブルーローズ。自分には絶対に似合わない、こそばしいネーミングのお見合いパーティーだった。こっぱずかしい事この上ない。
ホテルマンに案内されたのは、曲線の壁に備え付けられた、革の白いソファだった。紫色の肩が出た派手なワンピースの女や、ベージュのワンピースに控えめなアクセサリーを付けたお嬢様な出で立ちの女が、膝を揃え座っていた。

(ナルホド。こうやって男性陣に品定めされるんだ)

『私』は黒の膝丈のタイトな黒のワンピースに、春色のピンクのスカーフをまいただけだった。アクセサリーは、前の家に全て置いてきた。買う気にもなれないし、今はそんな余裕もない。それに、持ってきたところで、アイツを思い出すと思うと、どんな高級品でも未練はない。

『私』は真白いテーブルをよけて、ソファに腰を下ろして足を組んだ。一度目を瞑り再び開けて、ゆっくり左に顔を向けた。


スーツを着た男性陣は少し離れたところで、主催のスタッフと打ち合わせをしているようだった。

(なに?やっぱりコッチが選ばれる側ってこと?)

次から次と出てくる感情は、否定的なものしか出てこなかった。
左右の女達は、ソワソワと男性陣を見ている。『私』は、通り過ぎる男達を目で追っていた。多分に外からみれば、他の女達と変わりはない。
でも、『私』が男性を確認する理由は一つ。知り合いの医師がいないか。ただそれだけでだった。
自分は、東京の大学をでて医師免許を習得してから、博士号を取る前に一年で現役を引退し、大阪で同業種の男と結婚をした。そして、十年のブランクを経て、完全復帰の為に、関東に子どもを連れて戻り、数少ない知り合いを頼って、大学へ潜り込んだのだった。だから、都内には知り合いの医師なんてほどいないはずだった。それでもなんだか落ち着かない。
こんなイベントに出ていたなんて知れたら…。でも、まてよ。ここで会うということは、向こうも参加してるわけだし。
いや…でも…。
結局は自分に自信がないための言い訳を探していた。私なんか誰も好きになってくれない。その言い訳を。

案内していたホテルマンの一人が、ソファで座っていた女達の前に立った。そして、頭をゆっくり下げる。

「おまたせしました。こちらへどうぞ」

細い躯に黒ベストに着けた彼は、背筋が伸びて見ている方も背筋が伸びる。歳は六十代半ばといったところだろうか。オールバックに髪の毛を固めていた。そして、敬う敬やしく進む方向へ『私』達を誘った。女達はそれを合図に腰をあげる。『私』は、最後にようやく腰をあげた。
立ち上がった順番に、女達は男達の所へ赴く。すると、男達はどの女が自分の元へ来るのか、わかっているかのように女を確認すると、自分の女だと言わんばかりに前に出てきた。
列の先頭をみると、さっきレストルームで会った正統派美人の女が、どうみてもメタボリックな男に手を引かれ、エスコートされている。

馬鹿馬鹿しい。

『私』は逃げ出したくなった。香織には悪いが、やっぱり帰ろう。次から次とエスコートされている女達をみていると『私』は惨めな気持ちになっていた。どうやって決めたんだろうか。なんで、男が優位なんだ。こんな場所に来ないと、男と知り合えないのか。そもそも男なんて、必要なの?散々な目にあったじゃない。

なんで。
なんで。
なんで。

頭が痛い。ぐるぐると同じ言葉が廻る。気持ち悪くなって、『私』は躯の向きを換えた。

「こちらですよ」

振り向くと さっきのホテルマンが『私』の行く手を阻むように立っていた。

「…帰ります」

これ以上の理由が出てこない。急患だとでも言えばいいのにとか、調子が悪くになってとか、なんでも言い訳をしたらいいのに。どうしてもでてこない。こんな時まで、誤魔化せない自分が嫌だった。

「私がエスコートを」

余裕の笑顔で、 左手の平を私の右手の前に差し出してきた。あまりにも自然な仕草と断りきれないオーラが出ていて、『私』は、どうしたものかと迷っていた。手を差し出さない『私』にさぁと、もう一度彼は手を差し伸べる。気が付けば、彼の左の手の平に自分の右手を置いていた。すっかり、彼のおもてなし術にハマっていた。
ホテルマンは『私』の手を取ると程よい距離を詰め囁くようにいう。

「この一歩は、奇跡が起こる一歩ですよ」

不意に胸が熱くなった。ホテルマンは再び笑顔を向ける。今度は仕事用ではない笑顔に思えた。

「ここからは、ご自身の心の声を信じてください」

一礼をして流れるように『私』から、離れていく。もう逃げる事が出来ない。覚悟を決めるしかないようだった。

(そうよ。嫌なら嫌。それでいいの)

前を向いて歩きだす。やっぱり最後になった私に、ホテルマンやバーテンダー、このパーティーのスタッフであろう者達の視線を一同に集めた。こんなことなら、最初から素直に前に出ておけば良かったかもと、ようやく後悔した。自分の人生っていつもこんな感じだわ…。そう自覚すると、『私』は大きな溜息を呑み込んだ。

「多田と言います。初めてまして」

私の前に現れたのは、神経質そうなガリガリ君な白髪混じりの男だった。私は返事をする代わりに、自分の胸の前で、指をぎゅっと指を絡めた。黙って頷きながら、精一杯の仕事用の笑顔で名前を告げた。ガリガリ君の多田は、表情を崩す事なく、行きましょうかと一歩先を歩いた。
仕方が無いので、『私』はそのあとを歩く。

(この人何歳だ?)

多田の風貌を上から下まで視線を走らせる。足早に歩く多田を追いかけると、緊張していた自分の糸がプツリと切れた。理由は至って単純で、好みじゃなかったからだ。女は、男よりも一旦嫌だと思ったらなかなか好意的を持てないのだ。
勝手なもので、自分の好みじゃないとわかると冷静になれた。男なら、誰でも良いとか緊張してしまうとか、そんなしおらしい感情なんて、とっくの大昔の事だ。勿論、向こうも『私』は好みじゃないだろうと思うが。

ランダムに並べられたテーブル席に 二十組くらいの男女が向かい合って座っていた。正面には小さなステージが用意されている。そこでは、静かにクラッシックを生演奏していた。『私』と多田と名乗った男は、ステージから一番離れたテーブルに座った。多田は無言のままだ。

椅子に腰を下ろすと、ステージの前に先ほどの老年のホテルマンが現れた。深々と一礼をする。

「紳士淑女の皆様。ブルーローズ総責任者の桂木と申します。出逢いは一期一会。どうぞ、楽しんでくださいませ。お帰りには、また新しいご自身に出逢えているでしょう」

老年のホテルマンはこのイベント会社の社長だった。『私』は他の誰とも違うオーラを纏っていたことに、納得がいった。ブルーローズ。このパーティーで、何組の恋人が出来て将来を誓いあうのだろうか?

このブルーローズパーティーのシステムは、胸にネームをつけたりするような無粋な事はない。最初に二人で座ってもらう。参加者が座っている後ろには、バーカウンターがありバーテンダーが待機していた。基本自由に動き回ればいい。そして、気に入る相手がいれば自ら声をかけていく。
言うなれば、声をかけないとずっと独りだということになってしまう。ある意味シビアなシステムだ。そこで、意気投合すれば、名刺を渡すなりメールアドレスや電話番号を教えるのだ。
相手の素性には、信頼性が高いので自分の意思で、個人情報を差し出しても、間違いないはないという事だった。そこには徹底的にブルーローズが調べあげ、裏付けされた信頼性があるという。
実際『私』も申し込みの完了後ブルーローズから、連絡があり面接したいとの案内だった。数分で良いとの事だったが、なにか査定されている気がして、嫌な気分になった。
しかも、お見合いパーティーというものに関して、懐疑的だった『私』はそんな面倒臭いならば、断りますと伝えた。しかし、ブルーローズのスタッフは、それくらいでは引く事はなかった。

元々ブルーローズは、高学歴高収入、家柄等にこだわった結婚相談所らしい。そのため、入会金は勿論、月額会費も高額だった。さらに、婚約・結婚ともなれば成功報酬というものまで発生する。ブルーローズがいうには、それだけ人物が集まるのだから、社会的な信用には問題はない。別の角度から捉えれば、不誠実なことをすれば、会社もタダではすまないことを説明してきた。そして、この会社を立ち上げた桂木という人物についても話始めた。
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