LAST SEX
三章

ジッポ



桂木修三。六十六歳。ゲームが好きならなば、誰もが、いいや、世界中が知っているであろ世界の遊学堂の会長だということだった。その桂木会長はなによりも【家族】という小さな集まりを大切にしているという。家族がいて、団欒があって、ゲームばかりではなく、スポーツや学習なども、家族で楽しもうよというコンセプトがあり、そこに大きな期待と憧れを抱いているいう。
その為には、先ずは出逢いがないといけない。出会う場所を作ることも大切だという基本的なところにたどり着いた。初めのうちは、やはり結婚には、愛だけではなくお金が大切であるし、折しも立ち上げた時は、バブル景気真っ只中だったので、高級志向の結婚相談所だったらしい。
今も根幹は変わりがない。でも、それは表向きであって最近の会長は、人生の中で運命だと思えるもの達が出逢い、恋に落ちて欲しいと願っている。
そこには、身分違いなどあってはならないし、歳の差や性別でさえ愛には制限がない。お互いが想い想われ愛し合い生きていく。そんなパートナーがいてこその人生ではないだろうかと、会長は考えているという。それを痛感したのは、東日本大震災で多くの尊い命が奪われしまったことだったと言う。

ブルーローズからの熱心な説明には、納得させられた。だが『私』は、それも一理あるよね、程度にしか受け止めることができなかった。『愛』とか『絆』とか、簡単に言葉にできてしまう人が偽善者にみえてしかたがないのだ。そして、そう受け止めてしまう自分が嫌いだった。
そうとはいえ、ブルーローズの熱弁に『私』は面会を承諾し、書類が通ったということで今に至るのだ。

「こういったパーティーは初めてですか?」
乾いた冷め切った声で多田が話しかけてきた。
「ええ。初めてで」
「僕も初めてです。僕の場合、何時迄も結婚しない僕に母親が勝手に申し込んだんですがね。母親の手前来てみたものの、くだらない。非常にくだらない。僕はこんなところ来たくもなかった。こんな所に来る奴らは、結婚結婚と正気の沙汰ではないと思う」
よく喋る男だ。こんな男には、適当に頷いとけばいい。
「僕はね、愛とか恋とかばかばかしいんです。それだけでいいといっても、結局はお金がないと、そうもいってられないでしょう?陳腐な言葉だが、やっぱり世の中お金。金を持ってる方が勝ち組だ。勝ち組は結婚さえも自由にできる」
多田は、小馬鹿にしたように眼鏡をかけ直して『私』をチラリとみた。ウンザリだ。結婚もしたことがない男がなにを吠えるのか。この男は、人を好きになったことがない。それどころか、童貞ではないかとさえ疑惑視する。
だが、多田の言い分も一理あるように思える。時々『私』は、恋とか愛とかばかばかしいと思うことがある。正確には、それしか考えることがないのかと、冷笑する自分もいるのだ。
「飲み物とってきます」
この男とこれ以上話していると、自分と重なってくるのが嫌で『私』は、バーカウンターに移動することにした。

バーカウンターには、四十代とおぼしき痩せた男と、横顔が綺麗な女が談笑していた。『私』はその横を割り込む感じで、バーテンダーに
ラム酒の水割りを頼んだ。
「やっぱり、女は若い方がいい。みてごらんよ。ここに来る女はアラサーより、アラフォーが多い気がしないか?君は二十四だっけ?やっぱり肌の艶がいいね。二十代の女の子は本当好い」
ラム酒を待つ間、嬉々とした声の会話が嫌でも耳に入ってきた。相手の女は、そんなことなにのにっと語尾を伸ばし気味に応えていた。本当ばかばかしい。
男は四十をとうに超えているいるのに、若い方がいいってどんだけ、厚かましいんだ。女も女で、あんた三十近いでしょ?お天道様のしたでも、それをいえるわけ?失笑だ。
『私』は、自分の才能なのか、女性の年齢はどんなにアンチエイジングを施していても、努力していても、大抵当たる。
男も男なら女も女だ。ため息を小さくつくと、ラム酒が目の前に置かれた。ありがとうと、受け取り喉に流し込む。ラムの深い香りが、脳を穏やかなった気がした。
(こんなことを思うから、私ってダメなのよね。性格悪いわ)
やっぱり自分がいるのは場違いな気がして、落ち着かななってきた。辺りを見渡せば、カップルが成立している。ふと、多田のいるテーブルを見ると、もう違う女が座っていた。

『私』はバーカウンターに体の向きを変えた。バーテンダーが淡々とお酒を作っている。周囲も時間が経つにつれ、アルコールの魔力にもかかったようで、楽しげな雰囲気に変わる。『私』は空になったグラスを傾け、おかわりを頼んだ。
独りでいると、色々な会話が聞こえてくる。男は自分の事を、女は相手を尊敬するような相槌が多く感心もした。そして、同時にそんな雰囲気に溶け込めない自分が欠陥品なのではないかと、惨めになってくる。
でも、ここで自分を追い込んではダメだと、小さく頭を振って、ゴクゴクとラム酒を流し込むと視界がくるりと回った。

「女は三十代まで。四十代になったら女として終わり。しかも子どもまで産んでバツがある女なんて、終わってるね。完全アウト」
どこの男が言ったのかわからないが、そんな台詞が『私』の耳に飛び込んできた。信じられない言葉だった。世界中の男がそうなんだと、それが本音なんだろう。そう思わざるおえない。だって、自分がそう思っていたから。正確には『私』がそうだから。胸が痛くなって、それだけが何度もリピートされている。
言いしれようがない思いがフツフツと湧き上がった。
このドス黒い心をどうにかしたいと、思った瞬間にグラスが砕け散る甲高い音が、店内に響き渡った。
「ごめんなさい。私ったら…」
そう言って、カウンターにあったワイングラスを手に取った。そのグラスも『私』の手の平から再び滑り落したのだった。
「酔っ払いはいやね」
びっくりして目が点になるというが、バーテンダーがその通りの表情だったことに、笑ってしまう。
もういい。帰ろう。なにが新しい発見だ。自分を肯定したくて、踏みとどまってみたものの、惨めさばかりが押し寄せてくる。凍った空気があたりに漂う。
「ごめんなさいー」
『私』は会場向かって戯けてみせた。びっくりしたわね、酔っ払いは最低だ、そんな囁きが聴こえてくる。そして空気が動き出した。泣きたい気持ちを抑えて足早にクロークへ向かう。顔を上げることができなかった
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